子供にミシンが必要な理由

祖母と家族をつなぐ架け橋:シンガー188プロフェッショナル

シンガーミシンの思い出
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このページは、同志社大学生に課した自主学習レポートを転載したものです(同志社大学「日本経済史1」2020年度)。転載には事前に許諾を得ています。

自主学習課題として、ミシンを使った人生を振り返ってもらうインタビューをしてもらいました。そのため、本文の大半の1人称は被取材者で、記事の最後のまとめ部分は取材者(レポートの執筆者)となります。ご留意ください。他にもミシンの歴史やミシンの進化に関するテーマを書かれた学生もいらっしゃいます。いずれも、若干の訂正や修正を経て掲載しています。

祖母と家族をつなぐ架け橋:シンガー188プロフェッショナル

  • インタビュアーは私の父方の祖母です。
  • メーカーはシンガーです。
  • singer 188 professional(シンガー188プロフェッショナル)

祖母の好意

私がミシンを購入したのは、1990年ごろのことでした。女手一つで育ててきた三男のうちの長男がようやく結婚したのです。幼い頃から裁縫が大好きで、ミシンを持つことを夢見ていたものですから、てっきり息子のお嫁さんもそういうものだろうと思って、結婚お祝いに買ってやったのです。

実際、嫁は裁縫が好きでしたし、喜んでいたので、結婚お祝いにミシンを買ってやることについて全く疑問を持たなかったのですが、ある日孫に結婚したときにはいいミシンを買ってやるからねというと、そんなものより現金がいいと言われた日にはびっくりしました。時代は変わるのですね。このような形で、私はミシンを買うこととなったのです。

祖母の信念

支払い方法は現金であったように思います。当時、それほどカードが普及してなかったこともあります。また、私はカードなどというものをあまり信用はしておらず、どうしても大切な買い物などはいくら大金でも現金で支払うようにしていました。

そこはどうしても譲れません。どうしたって、電卓で計算するよりも自分の手でそろばんを打つ方がよっぽど正確だと思っていますから。嫁のお父様が業務用の最新型のミシンを注文してくださり、それを私が現金で支払った形になります。

祖母の優しさ

ミシンを購入した後は、息子の仕事を手伝う嫁は毎日育児に、家事に、大忙しでした。ありがたいことに、息子と嫁は、私と同居することを決めてくれていましたから、少し育児や家事を手伝うことはありましたが、それでも嫁の忙しさには拍車がかかっておりました。

ですので、嫁のために買ったとはいいつつも、私が多く使っていました。旦那は早くに亡くなり、もう仕事も引退してしまった私は、それこそ〝おばあちゃん〟というお仕事しか残っていなかったのです。

祖母の亡き祖父への愛

亡き夫はとても厳しい人でした。自分で立ち上げた会社の事務だけでなく、従業員分のご飯や服をも私に用意させていました。朝早くから起き、みんなの分のご飯を作り、掃除をし、洗濯をして、みんなを起こし、家族と従業員分に朝ごはんを食べさせ、自分の仕事をし、帰ってご飯を作り、仕事終わりの服の洗濯をして、ようやく自分のご飯を食べ、お風呂に入り、寝ることができたのです。睡眠時間は毎日3時間ほどだったように思います。

いまでもその習慣が抜けきらずいくら疲れていても3時間程度しか寝れないのです。しかしながら、その倍私を愛してくれる人でした。いつも頑張ってくれているからと、綺麗な布や高い宝石をよく買って帰ってくれていましたから。そういった労いがあったからこそ、あんなにもしんどかった生活を私はなんとか耐えることができたのだと思います。

旦那が若くして亡くなった後も、残された従業員の服などは絶えず作っていました。今でも、時折その子たちが私の家に服を縫ってくれないか、と顔を見せにきてくれるのです。きっといまなら、安く、丈夫なつなぎなどどこでも売っているのでしょう。それでも、奥さんの縫ってくれた服が一番落ち着くんです、と会いにきてくれる従業員の方を見ると、かつて私がしていたことは幸せなことだったんだと実感します。

今になっても関わりのない従業員の人にまで服を縫うのは、夫への愛でもあるんです。かつて、夫が大切にしていた人をいまでも大切にできることを誇らしく思うのです。

祖母の息子への愛

息子は旦那が立ち上げた建築会社を継いでいました。ですので、現場に入る際には、所謂つなぎというものを着ていました。いくつになっても息子はかわいいもので、よくそのつなぎをつくってやりました。そして、従業員の子たちの分も、破れたり、汚れたりしている服を息子がよく持って帰ってきていましたから、それを修復するのもお仕事です。

どうしても修復できない服は、嫁のお父様が高校の制服をつくる方でしたので、おうちまで持っていって直してもらっていました。しかし、お父様もご苦労なさったため、目がもう見えなくなっていき、直すことができなくなってからは、服は雑巾用の布になっていました。つなぎにするような布は丈夫な物で、少々強い洗剤をつけて擦っても、汚れは綺麗に落ちるし、布も綺麗なままでした。

祖母の孫への愛

孫は本当におてんばさんでした。よくリビングを走り回り、よくこけて、血のみれない嫁のかわりに、私のところによくきていました。けがの消毒とともに私がしなければならなかったことが、着ていた服の修復でした。ジーパンやパジャマ、トレーナーなど本当にたくさんの服をミシンでなおした気がします。お気に入りの服が破れると泣いていた孫も、綺麗に直すと機嫌が治って笑顔になっていました。今思えば老眼で見えないのにもかかわらず、孫の笑顔が見たいがためによくがんばったと思います。

祖母の会社への愛、お客様への感謝

息子の会社は、家を買ってくださったお客様に幸せが訪れますように、と招き猫を贈っていました。招き猫でも両手が上がっている招き猫というこだわりも持っていました。お客様にお金も人も招いて欲しかったのです。

私は自分の息子ながら粋なことができる素晴らしい子だなと思います。そこで、私はその招き猫用の小さい黄色の座布団をミシンで縫っていました。単に黄色の布といいつつも、手芸屋さんに行って、何万円もする高い布を購入し、招き猫の大きさによって座布団の大きさも変えてきました。縫う量が増えると大変でしたが、その分お客様がお家を建ててくださるということでもあったので、私としてはとても嬉しいことでした。きっと、亡き父も天国で喜んでいることでしょう。

祖母の学習

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ミシンの使い方などちっともわかりませんでした。私はそもそも説明書というモノを読むのが嫌いで、古臭い頭では全く理解できません。いまでもスマホとやらは電話とメールしかできませんから。

しかし、ミシンは好きでしたのでうまく使いたかったのです。嫁のお父様にきてもらって何度も説明してもらいました。嫁に呆れられながらも何度も何度も聞いて、やっと使えるようになったのはとても嬉しかったです。

ですので、世の皆様のようにどこかで習いたかったのですがそんなこともできず、独学で学んだと言えるでしょう。しかし、型の書き方や、縫い方は亡き母から学んだように思います。7人兄妹のうち、1人女の子だった私に、母は私の分の仕事も押し付けてきていました。ですので、人一倍早くから裁縫に関わっていたことだと思います。亡き母に残してもらった技術というものはこんな歳をとってからでも、大切に思えるのですね。

祖母とミシンの現在

現在、今でもミシンは現在でよく動きます。お金はモノを言わないといいますけれど、本当にその通りで、油が切れて動きが悪くなることはありますが、油さえ差してしまえばよく動くのです。あの頃、高い買い物をしておいて本当に良かったと思います。嫁が家族になってから、もう早30年。嫁もミシンも私によくしてくれているのです。

そして、まさにこのミシンは私の思い出のミシンと言えるでしょう。まず、嫁が私の家族になってくれたこと、そして、息子と息子の仕事と私をつないでくれること、孫の笑顔につながること、私の今大切なものをつなぐ素晴らしいモノなのです。

現在は、私は循環器センターというところでボランティアをしているので、最前線で働く医療の皆様に手作りマスクを作っています。コロナというものは怖いものですが、私ができるのはこの程度のことです。それでも、暇なおばあちゃんが少しでもこの世の中のためになればと思って、毎日毎日ミシンを動かしています。

今のご時世、ミシンというものは遠ざかっているように思います。私が初めて見た時は何と効率が上がって綺麗にぬえてすばらしいものだと感動したのに、今の子たちにはそれが当たり前なのです。何かを縫うことは誰かを想うことにつながると思います。誰かを思わずして、ミシンで物を縫うことはできませんから。人と人とのつながりが薄くなりつつ今、ミシンはそういった物を繋いでくれる手がかりになるかもしれませんね。

最後に、インタビュアーの感想

インタビュアーは目から鱗でした。和室の奥にひっそりとあるミシンにこれほどの歴史があったとは知らなかったからです。ミシンなんて今時使うのだろうかと思っていましたが、インタビューをするうちにとても素敵な物なのだと実感できました。

インタビュアーが大きくなるまでの過程において、これほどまでに関わってくれていたのだなと思うと、親近感が湧きます。ミシンの見方が間違いなく大きく変わりました。とても心があったかくなるインタビューだったと言えます。また、いろんなことを教わって、ミシンを使ってみたいなと思いました。

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