子供にミシンが必要な理由

おばあちゃんの思い入れ:ジャノメ・メモリア5001

ジャノメミシンの思い出
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このページは、同志社大学生に課した自主学習レポートを転載したものです(同志社大学「日本経済史1」2020年度)。転載には事前に許諾を得ています。

自主学習課題として、ミシンを使った人生を振り返ってもらうインタビューをしてもらいました。そのため、本文の大半の1人称は被取材者で、記事の最後のまとめ部分は取材者(レポートの執筆者)となります。ご留意ください。他にもミシンの歴史やミシンの進化に関するテーマを書かれた学生もいらっしゃいます。いずれも、若干の訂正や修正を経て掲載しています。

はじめに

ミシン所有者と私

紹介するミシンを所有している方は私のおばあちゃんです。

おばあちゃんの紹介

おばあちゃんは1942年に生まれました。九州の熊本県出身出身です。生まれた時から家にはミシンがありました。そのミシンは足踏みミシンで、おばあちゃんの家だけでなく近所の方もみんな足踏みミシンを一家に一台持っていました。その時のミシンは机の半分ぐらいの大きさでとても大きく、電動でもありませんでした。足のあたりについているものを踏んで縫っていくものです。その為、動きも今より断然遅く、倍以上の時間がかかっていました。

そして、今から45年ほど前におばあちゃんは京都に引っ越してきました。そこで今の私のおじいちゃんと出会い、結婚をします。その時に今回紹介するミシンを購入したそうです。ミシンはコンピューターミシンの「ジャノメ・メモリア5001型」で今から40年ほど前です。

ジャノメ・メモリアについて

  • ミシンのメーカー:ジャノメミシン工業株式会社
  • 値段:20万円ほど

ミシンの特徴

ジャノメメモリアはコンピューターミシンです。これまでの電子ミシンは縫いの電子の動きで調整していましたが、このコンピュターミシンは縫いの速さの調整はもちろん、ミシンのセットから模様の組み合わせまで記憶した電子頭脳が行います。特にジャノメメモリアの電子頭脳は31種類の縫い方と、それぞれの縫いにもっとも合っている縫い目のあらさや巾、縫いの速さを覚えているのでキーを押して模様を選ぶだけで、瞬時に全てを自動にセットしてくれます。私はこのミシンに出会うまでの間、足踏みミシンを使っていたので速さの違いなど、ミシンの進化にとても驚いていました。

これまではあのダイヤル、このダイヤルで模様を選んで基線や縫い目のあらさ布を選んでいたのにそのストレスも一気になくなりました。

また、電源を入れたらすぐに自動でセットされるので糸をかけるだけで縫い始めることができることもとても嬉しかったです。

さらに、覚えている模様は一つ一つ連続して縫うこともでき、色々な組み合わせで覚えさせて連続して縫うこともできるのです。はじめはこのミシンの進歩についていく事ができず、難しかったです。段々と慣れてくるとあまりの手軽さにびっくりするくらいでした。

ミシン技術の習得方法

私は、中学生の頃通っていた中学校で習いました。1956年頃です。私の時代では中学の家庭科の授業はほぼ全て女子は裁縫の授業でした。その授業ではミシンの前に裁縫の基本からミシンまで全てを教わりました。今の時代では家庭科の授業は裁縫でだけでなく調理実習などが多いですが、私の時代では調理実習の授業などなく、ほとんど裁縫でした。学校の授業でのミシン、そして家でミシン、と利用する機会がとても多かったので、現代の子よりもミシンに触れる時間はとても長く、私たちの世代では裁縫ができない女性はほぼいないのではないかと思います。

また、私のお母さんもミシンがとても得意だった為、昔から横でお母さんがミシンをしている姿をみたり、お母さんと一緒にミシンを使い色々なものを作っていました。

中学生の時に教えられたミシンは足踏みミシンでした。このコンピューターミシンのジャノメメモリアとは使い方が違う点がとても多かったので、販売員の方や使い方手引きの冊子などをみて習得しました。

ミシンと私の思い出

ジャノメ・メモリア5001型

私とミシンとの思い出は大きく分けて二つあります。

自分の子供のため

私には子供が3人いて歳がみんな近かった為、子供が幼稚園から小学校の時はミシンを使う機会はとても多かったです。他にも趣味でスカートなどの衣類を作成するために使用していました。

子供の幼稚園用の雑巾

子供が幼稚園の時にはバックなど多くを縫いましたが、最初に作成したのが雑巾でした。雑巾は一般的に試し縫いとして使用される事が多いことから、私もバックなどを縫う前に試し縫いとして雑巾を最初に作りました。

幼稚園用のバック

私はミシンがとても好きだったので幼稚園のバックは子供全員分ミシンで時間をかけて作っていました。

小学校用の給食袋

給食袋は毎日学校では子供の友達の見えるところかけているので、子供達はとてもこだわりがありました。直線縫いで縫う事が多かったです。

ベットカバー

子供3人分の枕カバーは基本的に私が作っていました。

娘のスカート

私は、自分用にスカートを作ることが多かったのですが、娘に作って欲しいと頼まれる事があったため、娘二人分のスカートも作っていました。

ミシンを使った内職にため

私はミシンを使った内職を5年ほどですがしていました。もちろんその時の使用していたミシンはコンピューターミシンのジャノメ・メモリアです。

私がこのミシンを購入したのは主にこの内職のためだと言えると思います。35年ほど前に5面ほどこの内職を始めました。

この時はひたすらバレエシューズを作成していました。バレエシューズという名前ですが、踊るバレエで使用されているトーシューズなどではなく、今で言う上靴のことです。このバレエシューズの縫う方法は会社の方に教わりました。

私は小さい頃から母のミシンを見て一緒に縫うようになり、ミシンを利用して何かを自分なりに作る事が大好きでした。それがこの内職を始めたきっかけです。ですが、たったの5年で辞めてしまいました。その大きな理由は「言われた通りに作成しないといけない」という辛さでした。

私がこの仕事を始めたきっかけは上記にも書いたようにミシンで色々なものを自分なりに作ることでしたが、実際行ってみるとただ言われた通りに作らないといけないことは自分がやりたい事とあまりにもかけ離れていました。そのため、5年経った時辞めることを決意しました。しかし、この内職を通してミシンの使用が前よりも大変上達する事ができ、さらに自分がやりたことも明確にする事ができました。

その後、私はミシン関連の仕事に就くことはなかったですが趣味として内職していた時はできなかった自分の好みのデザインでフエルトなどを使って箱やぬいぐるみのキーホルダーなどを作っています。

ミシンは今

子供も大きくなり、学校用のために作るものもなくなった時から段々とミシンは使わなくなりました。今糸を使う事があれば、少し穴の空いた衣類などを手縫いで縫っているぐらいです。

昔はミシンがないと生活できないくらい使っていたミシンですが、今の時代ではもうミシンから段々遠ざかってきていると思います。今私のミシンは物置の中に入っているぐらいです。

感想

私は今回のインタビューを得て、一番感じたのは時代の変化です。私自身、ミシンに触れた事があるのは中学校、高校の家庭科の授業のみです。今はもうはじめの糸の用意のやり方さえ覚えているかわかりません。それぐらい私は今までミシンに触れた事がないです。

しかし、私のおばあちゃんの時代ではミシンを一家に一台持っているのは普通で、おばあちゃん自身も小さい時からミシンに触れていました。その違いに驚きました。

彼女のミシンは今まで彼女の人生の常に近くにいて、そこにはたくさんの思い入れがありストーリーがある事がわかりました。またそれは私のおばあちゃんだけでなく他の方にもミシンとの深い思い出のストーリーがあるのだろうなと思い、興味がわきました。

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