子供にミシンが必要な理由

ミシンからみた母の手作りの歴史:ブラザーJS-660 & HS-302

ブラザーミシンの思い出
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このページは、同志社大学生に課した自主学習レポートを転載したものです(同志社大学「日本経済史1」2020年度)。転載には事前に許諾を得ています。

自主学習課題として、ミシンを使った人生を振り返ってもらうインタビューをしてもらいました。そのため、本文の大半の1人称は被取材者で、記事の最後のまとめ部分は取材者(レポートの執筆者)となります。ご留意ください。他にもミシンの歴史やミシンの進化に関するテーマを書かれた学生もいらっしゃいます。いずれも、若干の訂正や修正を経て掲載しています。

ミシンからみた母の手作りの歴史

  • インタビュー対象者は母
  • ミシンメーカーはジャガー、ブラザー
  • ミシン番号はJS-660、HS-302

ミシンとの出会い

私がミシンを使ってモノを作る言うになったのは間違いなく母から受けた影響があると思います。

母は私が小さいころから、ミシンではありませんでしたが、編み棒を使ってよく何かを作っていました。中でも特にセーターを作ってもらっていた記憶があります。物を作る母の背中を見ていたので、自分の手でモノを作るということがかなり身近に感じられていたのだと思います。

私のミシンとの本格的な出会いは、結婚してからでした。本格的、というのは学校でミシンを習った記憶がおぼろげながらあり、一応そこでミシンとの出会いがあったことになるからです。

2000年に長女を出産し、長女が少し大きくなって自分にも余裕が出てきた2003年ごろ、「長女はまだ小さいから仕事を始めることは難しい。でも、家でできる新しい趣味を見つけたい。長女はもうすぐ幼稚園に通うから必要なものが出てくる。園に行っている間は自分の時間にもなる。あ、そういえば昔母がたくさん手作りしてくれたな。」と思いました。幼稚園で必要なもの、というのは手提げバッグ、上靴入れ、スモックなど。

これ、もしかすると作れるのではないか。手でやるよりも確実で、スピーディーなミシンが欲しい!そう思い、ネットがなかった当時だったので数えきれないほどのお店に行き、ミシンについて聞き、最終的には、昔近所にあったミシン専門店に駆け込むことになります。

母とミシンの思い出

そうして手に入れたミシンはジャガー「JS-660」でした。ミシンを探してお店をめぐりにめぐって、ミシンについて集めた情報の中に、ミシンメーカーはそれほど数が多くないということがありました。「なんで今のミシン選んだか」この時、西暦は2003年です。ミシンの値段は安いもので1万円、高いもので5万円あたりでした。

私が購入したこのミシンは、確か3万円ほどの中間地点のものを選んだと思います。当時はキャッシュレスが浸透していなかったので、言うまでもなく現金で支払いをしました。長女が生まれてから約三年間欲しかったミシンを手に入れることが出来てかなり大喜びしていたことを覚えています。

そしてミシンが我が家にやってきてからは、主に長女の幼稚園用品と雑貨づくりでミシンを使用しました。幼稚園で必要な手提げかばん、スモック、お弁当を食べるときのランチョンマット、上靴入れなどなど。幼稚園用品で購入したものは恐らく通園リュックくらいだったと思います。幼稚園入園前に必要だと分かっているものは入園前に作り、スモックなどの汚れやすいものは随時新しいものを作っていました。

それに使用する布は長女を連れて手芸屋さんに行き、大きな布ロールの中から好きな柄を選ばせていました。しかし、選ばせていたといっても、私が「この布がかわいい」と思った2,3個の中から選ばせていたという感じでした。これについては少し後悔していることがあるのですが、後に記述するものとします。

この布選びの時間も、ミシンに関して残っている、楽しい記憶の一つです。スモックを作るとき、当時流行していたプリキュアが大好きだった長女はたくさんの注文を言ってきていました。「スモックにひらひらのレースをつけてほしい」「とにかくかわいいスモックがいい」など様々でした。きっとおしゃれに興味が出てきた上、プリキュアのような可愛らしい服に憧れていたのだと思います。

長女の要望に応えるべく、ミシン初心者なりに精一杯頑張っていました。レースのついたスモックが完成して、長女に見せたときは必ずとても喜んでくれたので、こちらもうれしい気持ちになっていました。一方、「要望」という点で少し苦労したことがあります。

ある時、幼稚園で調理実習があり、そのためのエプロンと三角巾が必要でした。購入してもよかったのですが、ミシンで作りたい気持ちが強かった私は、自分で作ることにしました。しかし幼稚園からの要望が二つありました。

  • 一つ目はエプロンは後ろをひもで結ぶ形ではないものであること。
  • 二つ目は、三角巾も、エプロンと同様、後ろで結ぶ形ではないものであることでした。

恐らく、幼稚園の子どもは自分で紐を結べない子が多く、かといって先生が全員分結んでやることはできないからだと思います。エプロンも三角巾も、後ろを紐でなく、ゴムに代替しました。

しかし、ここで失敗が起こりました。ミシンにかなり慣れてきていた私は、最初のころはしっかり細かく行っていた型紙づくりの工程を飛ばして、モノを作ることが増えていました。三角巾を作るときに型紙の工程を飛ばしたのです。すると、もちろん布の長さは正しく計算されたものではありません。

完成した三角巾を長女にかぶせてみると、大体はできていたのですが、頭をしっかり覆うはずの三角の部分が、ピンと立ってしまったのです。長女はまだ幼稚園生で、その三角巾のおかしさにも特に気づいておらず喜んでいたのでそのまま幼稚園に持たせましたが、型紙をしっかりすべきだったと反省した出来事です。

ミシンを通じた人間関係

私はミシンの使い方は、中学の時に母に教わった以外は、主に本を用いて独学でミシンを学んでいました。母や妹もミシンを使っていましたが、結婚後実家からは少し遠い距離に住んだこともあり、二人から教わることはありませんでした。

しかしそれは簡単なものを作っていた初期の話です。長女が幼稚園にも慣れ、私にさらに余裕が出てきて、もっと難しいものを作ってみたくなりました。それを本で学ぶのは限界があるというのと、同じ趣味の友人が欲しかったことがあり、車で10分ほどの手芸屋さんで開催されていたミシン教室に通っていました。

同じ時間に5人ほどが集まっており、ワイワイと話しながら楽しくミシンを学んでいました。しかしそのころの記憶が曖昧なので、恐らくそれほど長くは通っていなかったのだと思います。

それとは別に、幼稚園でできたママ友の中にミシンを使っている友人が何人かおり、ミシン仲間として情報を交換しあっていました。こうするとうまくいった、あの店に可愛い布がある、今度こんな新しいものを創ろうと思っている、など。みんなで一緒にミシンをした記憶はありませんが、可愛らしい布を求めてみんなで一度京都に行った記憶があります。

さすが京都、品数が大変多く、やはり西陣織などの文化が関係しているのかなと感じました。当時のミシン友達とは今でも深く交流があり、ミシンがつないでくれた縁だなと思います。

ミシンから振り返る教育と子供の成長

ミシンの使用と思い出で触れた、布の選ばせ方で少し後悔していることについてです。

当時私が選んだものの中から選ばせていましたが、今思えば店中の布から選ばせておけばよかったと思います。自主性を少しでも育てること、好きなものを作ってやることの二点からそう思っています。

前者(自主性を少しでも育てること)については、幼少期に「自分で選んだ」という経験をさせておくことで、将来の進路などを自分で決める力が付く、ということを後々知ったからです。それを知ってから次女を出産したので、次女には店中の布から選ばせました。

後者(好きなものを作ってやること)については、幼稚園の子が多少おしゃれでない、キャラクターものを持っていたとしても誰も変に思わないからです。自分の好きな柄でなくても、長女の好きな柄にしてあげればよかったと思います。

さらに、今は姉妹とも成長して、手作りの服を着るような年齢ではなくなりました。好きな柄を選ばせて、持ち物を作ることは幼稚園くらいの時にしかできないのです。少し悲しく思うと同時に、成長を感じてうれしく思う時でもあります。だから今日ではミシンを使う機会はほとんどなく、たまに使ってもボロボロになった布団カバーを修正することくらいしかありません。

今の状態

一代目のミシンは、今は壊れて物置に眠っています。二代目は妹が結婚してからもらったものを、なぜか自分が持っています。さすがは新しいミシンで、縫い目のパターンが豊富だったり、上糸下糸自動調節機能があったりと便利な変化を感じています。二代目のミシンは、ブラザー社「HS-302」です。

二代目のミシン ブラザー社「HS-302」

終わりに

ミシン一つでこれほど人の人生が見えることがとても面白かった。私が幼稚園の頃、母が何から何まで作ってくれていたことは私も鮮明に覚えているので、いずれ私にも子供が出来たらミシンでたくさん作ってあげたいなと思った。私が大人になるころにはミシンもさらなる変化を遂げているかもしれないので楽しみだなと思う。

母がミシンを買ったミシン専門店は、今はなくなっていて、他の場所でも見たことがないので、そういった文化は薄れているのかもしれないと感じた。私自身、小中学校の家庭科で習って以降ミシンに触れていないので、この機会に簡単なものを作ってみようと思う。

今日では布は勿論、何かを作る際の付属部品も種類が増えていると思うので、それに伴ってミシンも進化しているのかもしれない。

ミシンに間接的に関わる仕事としては、身近なもので言うと教員だと思う。家庭科の先生であればもちろんミシンを教えるであろうし、そうでなくても生徒のミシンへの関心を引き出すことも重要な役目だと思う。ミシンの部品を運送する運送業、手芸屋さんの販売、ミシン教室の先生なども挙げられる。

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