子供にミシンが必要な理由

思い出を装う機械(マシン):ブラザー ソワレ575

ブラザーミシンの思い出
この記事は約6分で読めます。

このページは、同志社大学生に課した自主学習レポートを転載したものです(同志社大学「日本経済史1」2020年度)。転載には事前に許諾を得ています。

自主学習課題として、ミシンを使った人生を振り返ってもらうインタビューをしてもらいました。そのため、本文の大半の1人称は被取材者で、記事の最後のまとめ部分は取材者(レポートの執筆者)となります。ご留意ください。他にもミシンの歴史やミシンの進化に関するテーマを書かれた学生もいらっしゃいます。いずれも、若干の訂正や修正を経て掲載しています。

インタビュー対象は次のとおりです。

  • インタビュー対象者:母親
  • ミシンのメーカー:ブラザー
  • ミシンの番号:ソワレ575

思い出のミシンとの出会い

私がこのミシンを購入したのは今から約30年も前である1989年でした。その年は私が今の夫と結婚した年になります。このミシンは私が結婚するタイミングで母親から嫁入り道具として買ってもらったのです。

当時はまさに洋裁ブームで、一家に一台ミシンがあるのは当たり前な時代だったので、母親が持っていきなさいと言って私にもたしてくれました。母親は色々なメーカーのミシンを取り扱っているお店に足を運び購入したそうです。私は自分だけのミシンをもらえたことがとても嬉しく、それにミシンは高価なものだったので大事に使おうと思ったことは今でも覚えています。

ちなみに学生時代の家庭科の授業でもミシンを扱うことがありましたが、あまり得意ではありませんでした。けれど、せっかく買ってもらったのでタンスに眠らせずにいっぱい活躍させようと思いました。

ミシンを入手したあと、どのようなことに使ったか

幼稚園グッズで大活躍

当時は今のように、手作りのものが簡単に手に入りませんでした。今でこそ、ネットなどで中温をすればプロの方がきれいに作ってくれますが、私が初めて子供を産んで子育てしていたころはそんなものはありませんでした。

一人目の子が幼稚園に入って、幼稚園で自分で用意しなければならないものの多さに驚きました。手提げかばんや、お弁当袋、上履き袋にエプロンのアップリケまで、必要なものがたくさんありました。私は慣れないミシンに悪戦苦闘しながら幼稚園に必要なものをひたすら手作りしていました。

つくるのはとても大変でしたが、子供たちと一緒に布を買い出し、子供が好きなキャラクターの布で作ってあげると、嬉しそうに、大事そうに使ってくれたのでとてもやりがいがありました。最初は時間もかかり、失敗もしましたが、二人目の子が幼稚園に入るころにはだいぶ慣れてミシンを使うことが楽しくなっていました。

私が幼少期だった頃も、母が様々ものをミシンで作ってくれていたことを思い出しましたが、当時は電動ではなく足で踏むタイプのミシンだったので、もっと大変だっただろうと思います。その頃の母に感謝をしつつ私はミシンで様々なものを必死に作りました。

日常でも活躍しはじめる

だいぶミシンを使うことに慣れてきてからは、ついに家のカーテンも縫いはじめるくらいにまでなりました。

新しい家に引っ越してから様々な家具屋を回ったのですがなかなかカーテンだけがピンとくるものに出会えないでいた頃に、お気に入りの布地を見つけてそれをカーテンにしたいと思ったので自分で縫い合わせて作り上げました。カーテンのような大きなものをつくるのは初めてだったので、とても大変でした。けれど、長さを自由に変えたり好きな布で作れるので、お店でカーテンそのものを買うよりも安く済みつつ、自分の家にぴったりのものがつくれるので、ミシンを利用して大正解だったなと思いました。

また、自分自身でミシンを使い、手間をかけて作ったのなので、以前のものよりも愛着を持って長く使うとができました。これも手作りのいい点だと思います。

特に私のなかで一番のお気に入りの出来だったものは、兄弟でおそろいに仕立て上げた子供服でした。子供の成長は思ったよりもはやく洋服を買ってもすぐにサイズが合わなくなってしまい、そのたびに買いなおすのはお金も勿体ないと思ったのがきっかけでした。そして、自分で作るのならばあまりお店に売ってないようなものを作ろうと思いました。

手作りだとカーテンと同じように、サイズもデザインも好きに選ぶことができたので、とてもかわいいものに仕上がりました。年の差のある兄弟のおそろいのお洋服はお店ではなかなか手に入らなかったので子供たちも喜んでたくさん着てくれました。それが嬉しかったのでお洋服はそのあとにもたくさん作りました。

ミシンを使う技術は誰からまたはどの組織から教わったか

当時は今のようにネット技術が発達していなかったので、ユーチューブなどにも動画はのってなく本屋さんでミシンの使い方に関する本を購入し学んでいました。

しかし本のように文章や写真だけでは分かりづらいところも少なからずありました。そういう時は近所の友達や母親に教えてもらいました。昔は今よりももっと布や手芸キットが多く販売されていたので、ミシンを使用できる環境は整っていたと思います。

思い出のミシンとの再会

ブラザー ソワレ575

ちょうど今日、実家にあるミシンを取りに行こうと思っていたところです。このご時世マスクの品切れがどこも続いており、入手が大変困難になっていることからネット上ではマスクの手作りが流行っているといいます。靴下やガーゼなどから作れるというのです。

私も実際ネットで検索したところたくさんの作り方が掲載されており、どれもミシンさえあれば簡単にできそうと思いました。そして、そういえば引っ越しの際に実家にミシンを移動させたなと思い出し、今日取りに行くに至りました。新しいミシンを購入することも考えましたが、考えていることは皆同じようで、現在ミシンは品切れになっているところも多いみたいです。残しておいてよかったなと心から思いました。

もちろんそれは今までお話ししていた思い出のミシンになります。だいぶ使っていなかった期間が長いので、うまく動いてくれるか分かりませんが、久しぶりにミシンを使うことに少しワクワクしてます。ずっと家にいるのも気が滅入っていしまうので、この際昔のようにミシンで何かをつくれたらいいなと思っています。

最後に:思い出を装う機械(マシン)

ミシンという普段ふれないテーマに対し戸惑いもありましたが、ちょうど母親がミシンを取りに行くタイミングだったため、たくさんの話をきくことができました。

今ではインターネットで手作りのものも注文できたりするので、わざわざミシンを使う人が少なくなっていると思います。わたし自身も家庭科の授業で使ったきりで、その授業でさえもほんの数回だけでした。

私の母親が小学生だった頃は、女子だけが家庭科でミシンを使い、ブラウスやパジャマなどを型紙から作っていたそうです。それに対して、私のころは男女一緒で、作るものもキットにならって型紙をつくり、既定の点線に沿って縫うだけの簡単なものでした。それでさえ、私はたくさん針を折ったり線がガタガタになってしまっていたことをよく覚えています。

なので、当時たくさんのものをミシンで、まるで魔法のようにパパっと、綺麗に作ってくれていた母はすごかったんだなと思いました。そして、今回実際に話を聞いてみると母は今のように便利なものが少ない中で沢山苦労をしながら作ってくれていたことを初めて知りました。

私は、母はもとから裁縫が得意だったと思っていたのでとても驚き、私も練習すれば、将来子供ができたときに、母のように洋服を作ってあげたりできるのかなと思うと嬉しくなりました。

それだけでなく、先ほど述べたような小学校での家庭科教育のよに、時代によってミシンの位置づけが大きく変わっていることに驚きました。わたしの幼少期を数々の場面で装ってくれたミシンも一般家庭で使われることは少なくなっていると見受けられます。しかし、私は今回インタビューをしていくなかで、ミシンを使用してつくったものだからこその利点や温もりが沢山あると感じました。

もうすぐ祖母の家から我が家にやってくる思い出のミシン。お母さんが祖母から教えてもらったように、母から娘にいろんなことを教えてもらおうと思ます。当時のお母さんのように悪戦苦闘することにはなると思いますが、いつかその苦労が役に立てばいいなと思います。

コロナウイルスが広まるなかで、思いがけずもう一度日の目を見たミシン。その良さを人々が再認識し、ウイルスの落ち着いたあとも大事に使われてほしいと強く思いました。

コメント 質問や感想をお寄せください

タイトルとURLをコピーしました