子供にミシンが必要な理由

母とミシン:上海蜜蜂ミシン

その他のミシンの思い出
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母とミシン:上海蜜蜂ミシン

このページでは「母とミシン」と題した、上海蜜蜂ミシンの思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

このミシンは、上海蜜蜂のミシンです。古いものなので、機種やシリアル番号のシールはなくなりました。アンケートに協力してくれた母から、このミシンや昔のミシンの思い出をききました。

ミシン所有者とあなたの関係

上海蜜蜂ミシンは母が所有しているものです。母は1964年9月26日に生まれで、このミシンは山東省威海市で使用していました。

ミシン本体について

母とミシン:上海蜜蜂ミシン

  • ミシンのメーカー:上海蜜蜂
  • ミシンの機種:不明(年数が長いので、機種、シリアル番号のシールがなくなりました。)
  • ミシンの購入年:2000年

ミシンの購入理由

上海蜜蜂ミシンの購入を決めた理由は、音が小さいし、使いやすくて、精度も高いです。ブランドも母のお気に入りのもので、また値段にも手ごろです。

ミシン技術の習得先

母は結婚した後に、ミシン専門の先生からミシン技術のすべてを学びました。専門の先生が田舎に来てくれて、開いてくれるミシンを勉強するための教室があります。人々(田舎の女性たち)が家からミシンをその教室に持っていき、教室でミシンの先生から、ミシン技術を教わります。母は簡単だと思っていたのに、いざ自分でやるとなるとなかなかうまくいかなかったと言っていました。糸の調子は自分で把握にくくて、下糸の調整やステッチが難しいです。その教室で、一週間程ミシン技術を勉強しました。

家からミシン教室まで歩いて、15分ぐらいかかりました。母はよく自転車で5分ほどかけて、ミシンの教室へ行っていました。先生は一人だけなので、一対一でのレッスン方法は無理です。もし自分がわからないことがあったら、周りの人に聞きます。田舎の女性の人数は多く、その教室は広いです。田舎に住んで、子供の面倒と農作業をしなければならないので、毎日ミシンの教室へ行くことはできません。ひまな時間を見つけて、ミシン技術の勉強をします。

母は模様や図などを刺繍するという作業をやるために、ミシンの勉強をはじめました。その技術を身に着ければお金に換えられるため、家計の手当てをしたくて、ミシン技術を身につけたいと思ったのです。

母は1987年からミシンを使っています。今ではもう三十数年の経験があります。しかし、1987年に購入したそのミシンはもう壊れてしまっていて、今を使っているミシンは2000年に新たに購入したミシンです。

ミシンの使い道

母とミシン:上海蜜蜂ミシン

今回とりあげた母の上海蜜蜂のミシンは家計の手助けと家で使用する道具を作成する目的で購入しました。私の家庭にとって、模様や図などを刺繍する作業は工場でやることではなくて、家ですることです。子供の頃から、中学校まで母はずっとその作業をやっていました。

私と姉の小さい時の服は母を作ってもらいました。服はデパートで買った布地を材料として、ミシンで縫って、服を作ってもらいました。母は服装の工場に務めたことがありました。だから、服の作り方や服の布地などのことに詳しいです。私の丈と幅を測って、数字を書きます。その数字によって、布地のサイズを決めます。家の寝具もお母さんがミシンで作りました。友達と遊ぶ時、転倒して、服を破れても、母はミシンで修繕してくれました。家でミシンが使える時、母はずっとミシンの前に座って、作業をしていました。

母が模様や図などの刺繍する作業は1日100元(約1550円)ぐらいの収入が得られます。子供のとき、母はずっとミシンの前で作業しているので、私と喋らないし、私と遊ばないし、嫌な気持ちになりました。母に文句を言うと、母は「父一人で稼いだ給料は生活費には十分でも、教育費は支払えない」と言いました。私とお姉の教育費のために、母はミシンを使い働いていました。ミシンで模様や図の刺繍する作業は母だけではなくて、田舎で女性たちなら行なっていました。その作業をした製品は外国に輸出したり、服装を飾ったりできます。

母は1日8時間ぐらいミシンの前で作業をするので、若い時、たまに腰が痛くなりました。今でもまだ腰が良くないです。母はミシンを使う時、私にとっても苦痛な時間でした。ミシンはベッドの近くに置いてあったので、ミシンの音が小さくても、長時間で使ったら、うるさく睡眠の妨げとなりました。

ミシンの現在

母は年をとり、目が悪くなっています。そのため、現在ではミシンはあまり使っていません。簡単に刺繍する作業にも時代の変化によって、その作業はなくなりました。

今では、服はデパートで買うので、ミシンで服を縫う必要がありません。私が子供のころは、子供に服を縫うことは普通のことでしたが、今の時代では個人がミシンで服を縫うのはおかしいと思います。今の時代ではデパードで販売する服はサイズやデザインなどが昔の服より良いし、工業化によって時間もかからなくなり、良くなったと思います。

今、母はミシンを全く使わないわけではありません。しかし、確実に昔より使う頻度は少ないはずです。おそらく、1ヶ月に2、3回使うと思います。たとえば、買ったズボンの丈が長いなら、母はミシンでズボンの丈を短くします。家には猫がいるので、猫の寝具や服なども母は作ります。

ミシンへの思い入れ

母はミシンに特別な思い入れがないと言いました。ミシンは母にとってはただの道具です。ミシンがあるので、家で家事も仕事も両立できます。田舎ではミシンで模様や図を刺繍する女性が多いです。

ミシンを使いはじめた時、母が自分のスピードは他人より遅いことに悩んでいました。また、作業する時、よく針が指に刺さっていました。長いことミシンで作業していくうちに、母のミシン技術は成熟していきました。今には指が針に刺されないですが、目が悪くなったので糸を針に通すことはできなくなりました。ずっと針の穴が小さいのせいで、糸を通せないと言い続けていました。

母がうまくミシンを使えなくなったとしても、私たちのために活躍してくれたミシンなので、今度は私が受け継ぎたいと思っています。中国の学校では日本と違いミシンを使う授業がないので、今の私はミシンを使うことはできませんが、このインタビューをして、今度帰国した時には母にミシンの使い方を教えてもらおうかなと思いました。

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