子供にミシンが必要な理由

ブラザーFX-500をつうじて知った母の家族への愛情

ブラザーミシンの思い出
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このページは、同志社大学生に課した自主学習レポートを転載したものです(同志社大学「日本経済史1」2020年度)。転載には事前に許諾を得ています。

自主学習課題として、ミシンを使った人生を振り返ってもらうインタビューをしてもらいました。そのため、本文の大半の1人称は被取材者で、記事の最後のまとめ部分は取材者(レポートの執筆者)となります。ご留意ください。他にもミシンの歴史やミシンの進化に関するテーマを書かれた学生もいらっしゃいます。いずれも、若干の訂正や修正を経て掲載しています。

ミシン所有者との関係

ミシン所有者は私の母に当たります。

ミシンについて

ミシンのメーカーと番号

ブラザーFX-500

購入年

1998年

ミシンの特性

ミシンの指示通りに上糸をかけてから、レバーをワンプッシュすれば糸通しが完了する、糸通し機能がついていることです。また、おさえの変更が効くため、まつり縫いをすることもできます。家庭用のミシンの中では高級なものです。

ミシンとの出会い

このミシンは、私がお嫁に行くときに私の母がお祝いにプレゼントしてくれたものです。先ほど述べたミシンの特性は、プレゼントしてくれる際に母が述べていました。母は裁縫がとても得意で、小さいときは私や弟の洋服、帽子など、今では不足しているマスクまでもミシンであっという間に作ってしまいます。

私はそんなミシンを小さいときは魔法の道具だと思っていました。母は娘に子供ができた時、同じようにミシンを使って、まるで魔法のように子供たちの様々なものを作ってほしい、ミシンを使う人口は減っているけど、子供たちと幸せな生活を送ってほしい、そのような思いで私にミシンをプレゼントしてくれたそうです。これがミシンと私の出会いです。

ミシンの思い出

子供たちの巾着

結婚してから10年ほどの間、私は茨城県に在住することになるのですが、私が生まれ育った大阪とは大変環境が違い、苦労していました。

そんな中で、長女が幼稚園に通い出し、様々なものが必要となり、その中に歯磨きセットと給食セットを入れる巾着がありました。長女は当時サンリオの人気キャラクター「うさはなちゃん」が大好きで、うさはなちゃんの巾着を探していたのですが、なかなか見つからず、たまたま立ち寄ったクラフトショップにうさはなちゃんの布地が見つかったので、ミシンで作ることになりました。

次の日から必要とのことで、その日は徹夜をして作り、とても眠かったのですが、朝になって長女が起きて、うさはなちゃんの巾着を見つけた時の目の輝きを見たら、眠気も疲れも全部吹っ飛んでしまいました。

この時、私の母がなぜミシンを嫁入りの時にプレゼントしてくれたのか、なんとなくわかった気がしました。それからは、長男が好きな「トーマス」の巾着や「ポケットモンスター」の巾着も布地を購入して作るようになりました。

長女のエレクトーン発表会の衣装

初めての巾着から一年ほど経ったころ、長女がエレクトーンの発表会に出ることになりました。長女がエレクトーンのグループレッスンに通っており、発表会はそのグループ8人で「ペコリナイト」を演奏すると決まりました。衣装は私たち保護者が準備するという決まりだったのですが、ペコリナイトの衣装はなかなか販売されているものではなく、購入するとなってもとても高価であるということからみんなで作ることになりました。

公民館や、1人の家に集まったりして制作するにあたって、持ち運びができるこのミシンはとても大きな役割を果たしてくれました。また、先ほどのミシンの特性のおかげで、上糸を針に通す手間も省けたため、ストレスなく作ることができたのは本当に母に感謝しています。

衣装のみならず、髪飾り、靴下なども作り、とても大変でしたが、ピンクのかわいい衣装を無事完成させることができました。出来上がった衣装を着て、ステージでエレクトーンを演奏し、躍っている娘を見て、また一つ、ミシンと子供との思い出ができたなぁとしみじみとしていました。

長男のエプロン袋

長男が学校の家庭科実習でエプロンと三角巾を持って行くのに、エプロン袋を作ってあげようとミシンを取り出してきました。その時小学校4年生だった長男は何事にも興味を示す年ごろなのか、まだ使ったことのないミシンを「僕も、僕も。」といった感じで使いたいと言ったのです。

しかし、ミシンは一つ間違えれば大怪我につながるため、少し考えました。そして、私は、長男にはできたエプロン袋にデザインしてもらおうことを思いつきました。余っていたジーンズの切れ端と、白い通常の布地を用いて、ひとまずエプロン袋を完成させたあと、長男が好きな青色の糸を通し、白の布地の部分をセットしました。

そして長男に、「好きなように動かしてごらん、だけど、自分の手をちゃんと添えて目でちゃんと見とくんだよ。」と教え、そばで見ていました。ところどころ手助けをしながらではあるものの、彼は順調にとても個性的な四角形を完成させました。

長男はそれで満足したようで、私がおさえを外して糸を切っている間にはどこかへ遊びに行ってしまいました。子供の天真爛漫さと何事にも興味を示す姿勢に、私も学ばせてもらっているんだなぁと感じたのを覚えています。

夫のズボンの裾上げと雑巾

なぜ、夫のズボンの裾上げと雑巾を同じテーマで述べるのかというと、この2つがミシンを使う目的として1番多かったからです。

夫は一般男性よりふくよかな体型をしているため、買ったズボンの裾が長いことが多く、裾上げをよくしていました。まだ小さい子供たちが寝たあと、ミシンを出してきて、1人で大好きなクラシック音楽を流しながら、コーヒーを入れて、裾上げをして、仕事で遅い夫の帰りを待っていました。

これは気付けば私の日常となっていましたね。今となっては、夫は単身赴任で一緒に暮らしていないので、こういった思い出は私にとってとても大切なものです。

雑巾は、元々は子供たちが新学期に学校に持っていくために、使わなくなったタオルや布を重ねてミシンで縫って作っていました。しかし、想像より簡単に出来るので、古くなったタオルが集まる度に、ミシンを出してきて雑巾を作るようになったので、これもまた私の日常となっていました。

今はもう、子供たちも必要なくなったため作っていませんが、振り返ってみると思い出がありますね。

長女の運動会の衣装

これは、ここ数年で1番のミシンとの思い出かもしれません。長女の高校の運動会では、3年生の女子が、毎年、学年統一の手作りの衣装で創作ダンスを行うのです。本来ならその年であると、自分でやらせるのですが、同時に高校3年生とは受験生の年でもあるのです。

また、娘は部活動の近畿大会も控えていたため忙しい毎日を送っていたので、私が代わりに作ることにしました。基本のデザインは学年統一なのですが、スカートの飾りだけは各々好きなようにしていいことになっていました。

娘の希望を聞くと、スカートにお花を付けたい、とのことだったので、クラフトショップで白いレースのリボンを購入し、手作りのレースのお花を作ってスカートに付けようとしていました。すると、娘が帰ってきて、「なにこれ、お花じゃないやん!」と言われてしまいました。娘の言うお花は、造花のことだったのです。

しかし、その時疲れていた私は、「文句があるなら自分で作り!」と言い返し、けんかになってしまいました。結局娘は、夜中に自分で買ってきた造花をスカートに縫い付け、完成させていました。運動会が終わって後日、娘が、「衣装ありがとう。ママがスカートを作ってくれたおかげで本番までに間に合った。運動会ほんまに楽しかった!」と言ってくれた時は、「ちゃんと勉強頑張るんやで。」としか返せませんでしたが、私も本当に嬉しかったです。

娘が、どこの大学に行くか分からず、一緒に過ごす最後の1年になるかもしれないとも思っていたので、心に残った出来事でした。

最後に

ブラザーFX-500

ミシンに関して母にインタビューして、母の家族に対する愛情をとても感じることができました。母とは性格の似ているところもあり、よくケンカをしていたのですが、母のいろんな気持ちを感じることができ、とてもよかったです。

母は特に裁縫の学校に通っていたわけでもなく、ただ学校の授業で習ったことをもとに私たちに色々なものを作っていてくれていたのは驚きました。私もいつか母のように家族を持ち、自分のミシンで、素敵な関係を築きたいと思います。

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