子供にミシンが必要な理由

母の笑顔と魔法のミシン:ブラザー「BS-2000 EL6981」

ブラザーミシンの思い出
この記事は約8分で読めます。

母の笑顔と魔法のミシン:ブラザー「BS-2000 EL6981」

このページでは「母の笑顔と魔法のミシン」と題した、ブラザー社「BS-2000 EL6981」の思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

ミシン所有者とあなたの関係

母親が所有しています。母は1965年生まれです。1973頃から、当時、母親(祖母にあたります)が色々と作業しているのをまねして触り始めたとのことです。母親の生家は愛媛県北宇和群の山奥にある小さな田舎町です。

ミシン本体について

ブラザー「BS-2000 EL6981」

  • ミシンのメーカー:ブラザー
  • ミシンの機種:BS-2000 EL6981
  • ミシンの購入年:2000年

ミシンの性能

ブラザー「BS-2000 EL6981」は、当時の家庭用ミシンの最新機種とのことです。

本体が軽量で、作業場所が変わっても持ち運びしやすいことに惹かれたそうです。あまり必要ないと思うのですが、他のミシンに比べて、形も丸くて可愛かったようです。今はテレビショッピングなどで、安いミシンを目にしますが、当時はまだまだ高額で、もちろん、高くなればなるほど、色々な機能が付いていて(例えば刺繍とか)感動したようですが、できるだけシンプルさを重視して選んだようです。
ミシンの価格は高すぎず、安すぎず、ちょうど真ん中ぐらいのものだったと記憶していました。

一番の決め手は、糸かけや、糸通し、ボビンに糸を巻くことが簡単にできるということです。ミシンは、縫い始めるまでに面倒な作業が多く、特に糸かけ・糸通しは面倒くさいと、今でも言っています。このミシンは、糸かけは分かりやすく番号で案内してあります。糸通しも、一度手で、右側のダイアル(プーリー)を回して針を沈めたら、糸が勝手に通っている!ことに感動したようです。

母にとっては「進化した魔法のミシン」(母は元々、足踏みミシンを使っていたので、電動ミシンは「魔法のミシン」だったようです)に大きな期待をして購入を決めました。

ところが、お店の実演とは大違いで、いきなり苦労したようです。確かに糸かけ、糸通し、ボビンの糸巻きは、以前より楽にできたようですが、なかなか上糸と下糸の強さの調節が難しく、難儀したと言っていました。たくさんの縫い方ができるし、ボタンホールも簡単なはずなのに、いざとなると難しかったようです。

ミシン技術の習得先

愛媛県の母の実家には、私はドラマや映画の中でしか見たことはありませんが、「シンガーの足踏みミシン」があったそうです。私の祖母が、嫁入り道具として持ってきたそうです。ミシンを使う母親(私の祖母)の姿を見て、興味を持ち、見よう見まねで雑巾などを縫ったそうです。祖母は母が10歳の時に他界しているので恐らく7.8歳頃からミシンに触れていたようです。その頃は足がペダルにとどかず、立ってペダルを踏んでいたとのことでした。

その後、入学した愛媛県北宇和郡の中学校の家庭科の授業で一通り学んだとのことでした。田舎町だったので、今のように一人一台あるわけもなく、遠巻きに見ながら、なるべく触りたくて張り切って授業に参加していたとのことでした。もちろんミシンは足踏みミシン。

なんと宿題も出たようです。形見となってしまった「シンガーの足踏みミシン」で、一生懸命宿題の巾着袋を作ったそうです。何度もベルトが外れたり、針が折れてしまったりと、泣きべそをかきながら作ったので、記憶に残っているのだろうねと懐かしそうでした。

高校生になって、転校した箕面市にある大阪府立の高等学校の家庭科で、ミシンの授業があったとのことです。

まずは電動ミシンに驚いたようです。ジグザグ縫裁ち目かがり縫いボタンホールのかがり縫い等、一通り学んだようです。

提出する課題もあって、自宅にミシンの無い人は家庭科室で仕上げたようです。母は父親(私の祖父)も病気で亡くし、大阪の姉(私の叔母)の所に引っ越してしてきていたので、残念ながらミシンは無く、家庭科室で先生に教えてもらいながら作成したそうです。

現在所有しているブラザー「BS-2000 EL6981」は、私の幼稚園入園前に、登園かばん等を作るために購入を考え、今でも見かけますが、店頭で使い方の説明をされている販売員の方に、主な利用目的と、軽量、操作が簡単であることなどの要望を伝えて、選んでもらったとのことです。

その時店頭で、講習会のように基本的な使い方の説明を受け、実際に作品(小さな手提げ袋)を、スタッフ指導の下で作ったそうです。

後は、付属の説明書を見ながらの独学。いろいろな性能があるようですが、正直使いこなすことはできなかったと少々残念そうでした。

ミシンの使い道

ブラザー「BS-2000 EL6981」

ミシンの所有者はミシンをどのようなことに使いましたか?

子ども(私)が幼稚園に入園するのをきっかけに、子どもの持ち物を作るのにミシンを使用したそうです。

誰のために何を作ったか、作ったものを具体的に書いてください。

私が幼稚園に入園する時に、その頃大好きだった機関車トーマスの登園かばん・上靴入れ・体操服袋・絵本袋・コップ袋を作ってくれました。入園式の記念写真や幼稚園で撮ったスナップ写真に、機関車トーマスのついた母の作品が残っています。

登園かばんはとても難しかったそうで、本体と上蓋との境目の強度を増すために、三重縫いが役に立ったことや、多少、乱暴に扱ってもほつれないように、しっかりと裁ち目かがり縫いの機能を使って、丁寧に、丈夫に作ることを心がけたそうです。私はそのかばんを3年間使い、楽しく幼稚園に通いました。とても懐かしい思い出です。

母が幼稚園で保護者会の役員をしていた時、たまたま「手作りの会」という会のリーダーになりました。
本音では少々面倒くさかったようです。それは、月に一回、何か手作りの作品を作る企画を立てて、開催するというものでした。

園の中でできるビーズアクセサリー作りとか、フラワーアレンジメントの勉強会を開催したのはよかったのですが、何故か、卒園記念にと、幼稚園にあったお人形さんのワンピースを作り始めてしまいました。結構大きなお人形です。母がワンピースを縫って、それに可愛いリボン飾りやビーズ等を使って、みんなで仕上げていくという、今思えばとんでもない企画だったようです。

しばらくの間、我が家の和室にはミシンと格闘する母の姿がありました。子ども心にもよく覚えています。人生一番の力作と豪語する赤いワンピースは、裏側のほつれ止めのための裁ち目かがり、裾のまつり縫い、ミシンのスピードを調整してギャザーを寄せたり、ボタンホールをかがったり、ファスナー押さえを使ってファスナーを付けたりと、まるでミシンのデモンストレーションのような作品だったそうです。

その他に、バザーに出品する小さな巾着やかばんを、端切れを使ってよく作っていました。内側をほつれないように裁ち目かがりをして、かばんの取っては三重縫いを使って。弟が卒園するまでの6年間、毎年秋には小さな作品が和室に並んでいました。

弟が入園する時には、全く同じセットをトーマスからウルトラマンに変身させて作ってくれました。小学校に上がってからは、直線縫いで、学校に提出する雑巾を縫ってくれました。

無償労働か有償労働かの区別も入れて下さい。

全てが無償労働です。子どもたちのため、幼稚園のため、バザーのために作ってくれました。

ミシンの現在

所有者の方がミシンを使わなくなった経緯を書いてください。

残念ながら、私たちの成長とともに、いつの間にかミシンの出番はなくなりました。母が和室で格闘している姿も見なくなりました。私も手作りのかばんや袋より、恥ずかしさもあったと思いますが、市販の格好いい物を好むようになってきました。

小学校に上がってしばらくの間は、学校に寄付する雑巾を縫ってくれていましたが、100均で雑巾が安く売られるようになり、学校で必要な雑巾もすぐに手に入るようになってからはわざわざミシンを出して、雑巾を縫うことも無くなったようです。

逆に今でも使われている場合は、今の使い道や頻度を教えて下さい。

学校の役員やボランティア活動が終了した母は、なんとこの夏から、またミシンを引っ張り出してきて作業を始めました。今度は池田市の更生保護のボランティア活動のために、バザーに出す手作りのランチョンマットやコースターを作っているのだそうです。「難しい物は無理だけど」と、笑って作っていました。あの赤いワンピースを作って、子どもたちにとても喜ばれたことが忘れられないのかもしれません。

私も久しぶりにミシンの音を聞いて、なんとなく懐かしい気持ちになりました。

ミシンへの思い入れ

私の母は、子どもの頃に両親を亡くしています。特に祖母は母が10歳の時に亡くなりました。今回、母からミシンについて色々と話を聞いていると、母は、田舎の足踏みミシンから、忘れていた母(祖母)とのやり取りを思い出したそうです。足踏みミシンの「かたかた、かたかた」という優しい音とともに。何十年も前のことなのに「ミシン」という一つの道具を通して思い出した過去。辛いこともあったけど、自分は負けずに頑張ってきたと思うと言っていました。

そして私たちが生まれてからは、一生懸命子どもたちのために、周りの人たちのために、心を込めて手作りしてくれていたのだなと感じました。母にとってミシンは、皆を笑顔にする魔法の道具なのだと思います。

このインタビューを通して、改めて母と色々なことを話すことができました。母からも、懐かしい祖母のことや、子育てに奮闘していた頃を思い出させてくれてありがとうとお礼を言われました。大袈裟ですが、ミシンを通して、母の人生が垣間見えたような気がします。これからも母は、にこにこしながら、皆のために魔法のミシンをずっと使い続けていくのだろうと思います。

コメント 質問や感想をお寄せください

タイトルとURLをコピーしました