子供にミシンが必要な理由

何かを生み出し続けたRomano

その他のミシンの思い出
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このページは、同志社大学生に課した自主学習レポートを転載したものです(同志社大学「日本経済史1」2020年度)。転載には事前に許諾を得ています。

自主学習課題として、ミシンを使った人生を振り返ってもらうインタビューをしてもらいました。そのため、本文の大半の1人称は被取材者で、記事の最後のまとめ部分は取材者(レポートの執筆者)となります。ご留意ください。他にもミシンの歴史やミシンの進化に関するテーマを書かれた学生もいらっしゃいます。いずれも、若干の訂正や修正を経て掲載しています。

今回話を聞いた方

今回のインタビュー対象者は私のアルバイト先の友人です。ミシンメーカーはRomanoです。かなり傷ついたため、テープなどで修復してきたので、ミシンの番号は不明だそうです。

彼女は物を作ることが好きでたくさん作っていると聞いたのでたくさん思い出について聞いていきたいと思います。

母と使ったミシン

ミシンの購入

私が、ミシンを購入したのは、2009年でした。小学校4年生の時学校でミシンを習いました。その時に、エプロンを作ったのですが、もちろん初めてなので上手く作れませんでした。しかし、ミシンでモノを作るという楽しさに気づき、もっと上手く色々なものを作りたいという気持ちが生まれたので、お母さんに頼んでRomanoというメーカーのミシンを買ってもらいました。ミシンの値段はおそらく、1万円ほどで、支払いは母が現金で支払ったと思います。

Romano ミシン

ミシンの思い出

ミシンを購入してもらってからは、小学校に持っていくカバンや、ペットボトルケースなどを作りました。

一番初めに作ったペットボトルケースは、小学校で作ったエプロンとは違い、立体的に作らないといけなかったので、どのようにペットボトルを入れることの出来る袋状になるのかお母さんに助言をもらいながら作りました。

お母さんと一緒に作ったものは他にもあります。楽しく出来たのはカーテンでした。カーテンは簡単そうに見えますが、下の布がほどけてきてしまわないように織り込んで綺麗に縫いそろえることや、壁に掛ける時にまっすぐ垂れるように綺麗に織り込まなければいけませんでした。しかし、カーテンの柄をミシンで縫ったり、手縫いで作ったりする時間がとても楽しかったです。

お母さんと作った中で一番苦労したのは家のクッションを作ることでした。ペットボトルカバーを作ったことがあったので、立体的に作ることは難なく出来ました。しかし、クッションは中に綿を詰めて、上の部分を閉じないといけないため、綿を入れ不安定で持ちにくいものを真っ直ぐミシンに当てないといけませんでした。どうすればやりやすく綺麗に出来るのかお母さんと、とても考えました。

まず考えついた案は、綿を入れる前にギリギリまで上の口を閉じておいて、小さな隙間から綿を詰め最後少しだけミシンで縫うというものでした。とても良い案であると思ったのですが、綿を上手く詰める事が出来ない、閉じ口が一度ミシンを止めているためガタガタになってしまうという問題がありました。

次に出た案は、綿を詰めた後、上から本体を押さえつけ、綿が出てくるところを定規で押さえつけて縫っていくというものでした。これは、結局安定しないのと、定規がミシンの上下運動に当たってしまい真っ直ぐ縫えませんでした。結局、せっかくだからミシンで上の口を止めたいねと、お母さんと言っていたのですが上手くいかなかったので、チャックを付けることにしました。チャックも細く真っ直ぐ縫うことは難しかったですが、失敗した物に比べれば簡単なものでした。こうしてたくさんの時間をかけて作ったクッションは今でも実家に置いてあり、そのクッションを見ると、お母さんと頑張って作った思い出が浮かびます。

こうして色々なものを作っていく中で、一度で上手くできる物もあったり、何度も失敗して上手く出来ないものもあったりしましたが、失敗しても嫌な気持ちはなく、どうしたらいいのか、こうしてみようなど考えることがとても楽しくなっていました。そして、完成した時の達成感と満足感は今でも覚えています。こうして私は、ミシンに夢中になっていました。

また、大学生になってからは、自分の服を作ることにも挑戦しました。服を自分で作るということは私の目標の一つでもあったので、どのような服にするかを考えている段階からとてもワクワクしていました。しかし、服とあって上手く縫えず作業が思ったよりも進まないこともありましたが、電話でお母さんに相談し、小さい頃のようにお母さんと二人で楽しみながら最高の服を完成させることができました。このとき作った服は今でも一番のお気に入りで、今でも服は作っています。

ミシンについての悲しい思い出は、カバンを作っていた時に気づいたらカバンの上を縫ってしまっていたことや、小学校の授業でミシンを使っている時に、友達が自分の手まで縫ってしまいとても痛そうだったというのがあります。

ミシンを使って思ったこと

一般的には初めて作るモノは簡単なものから徐々に難しくしていくと思いますが、最初、ものを作っている時に思っていたことは、まさか私がこんな機械を使ってもの作りをしているなんて、という驚きと、また糸が絡まった、このほどいている時間は無駄だな、というイライラ、このミシンを使っている時のミシンから出る音が良いのだな、という発見など、色々な感情が作っていると出てきました。また、同時に苦労したこともたくさんありました。ミシンを使う人にしかわからないかもしれませんが、ミシンで何かを縫う時、本体部分が邪魔になって縫いにくいことがありました。他にも、下糸をしっかりとセットしていないと縫い合わせた時に下糸が出てこないことや、下糸、上糸、布が絡まってしまったら、それらをほどくのにとても時間がかかってしまうことなどがあり、最初の時はまっすぐ縫うことにも苦労しました。

ミシンの扱い方を習った場所

ミシンの使い方を初めて習ったのは、岡山の自宅から歩いて登校していた三階小学校で、家庭科の先生に習いました。

今私は京都の大学に通っているので、一人暮らしをしていてミシンは実家に置いてあります。それでも、実家に帰省した時には二人の妹がいるので、妹たちのカバンや筆箱など作ってあげています。妹たちは私が何か作ることをとても楽しみにしていて、色々リクエストしてきて中には難しいものもあります。でも、完成したものを妹たちに渡すと、とてもかわいい笑顔でありがとうと言ってくれるので、京都の家に帰ってからも次は何を作ってあげようかなと、考えています。なので、普段から使えるわけではないですが、とても愛用しているミシンです。

最後に

今回アルバイト先の友人にミシンについてインタビューした中で、印象に残っているのは、「ミシンは重くて幅もとるけど、何かを生み出すことができて楽しい上に、誰かを喜ばせて、笑顔にすることもできるからとても大事なもの」と言っていたことです。自分がミシンに対して持っている感情とは全く違うもので印象に残りました。

印象に残っている中でも誰かを笑顔にして喜ばすことが出来るというところに、ミシンの奥深さと、ミシンの持っている力を初めて知ることが出来ました。自分は、小学校の家庭科でミシンを習って以降、一度もミシンに触れたことがありませんでした。

しかし、自分の人生の中で必ずミシンに触れていて、何かしらミシンにお世話になっていたなと思い出しました。小学校の時、夏休み明けに雑巾を持参しないといけなかったのですが、母がミシンでタオルから雑巾を作ってくれたり、お弁当袋を好きなキャラクターの布で作ってくれたりと、とても嬉しかったなと友人の話を聞いて改めて思いました。

せっかくミシンの良さというものを再確認する機会があったので、久しぶりにミシンで何か作ってみたいと思います。それで誰かが笑顔になってくれたらとても嬉しいです。インタビューに答えてくれた友人と、ミシンという大学生になるとあまり触れることのないものについてレポートを書くように課題を出していただいた先生に感謝したいと思います。

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