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シンガー社の販売方式の確立と家用ミシンの製造販売

1858年に製造販売されたシンガー社製家用ミシン「タートルバック」。 ミシンのタイムトラベル
1858年に製造販売されたシンガー社製家用ミシン「タートルバック」。 via NOT MINE - but I have the honor of sharing this piece of new history...
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シンガー社の販売方式の確立と家用ミシンの製造販売

米国シンガー社は1851年に創業し、翌1852年に最初の支店をボストン、フィラデルフィア、ニューヨークの3ヶ所に開設しました。それとともに標準1号(No.1 Standard)の販売を開始しました。1853年にニューヨークへ複数の事務所と一つの工場を設立し、当地を拠点としていきます。

シンガー社の販売方式の確立

小原博は19世紀後半シンガー社のマーケティング活動を漸次的な変化から明らかにしました。

  1. 販売権委譲を伴う「販売代理商」方式
  2. 「フランチャイズ」(特約代理店)方式
  3. 「直営販売支店」方式

です。小原によると、1859年までにシンガー社は大都市で14支店を数え、直営販売支店方式がフランチャイズ方式を支え、やがて3つの販売方式は相互補完的に進行しました。フランチャイズ方式と同時に導入された割賦販売は、のちに主要な販売方式となる直営販売支店方式の段階になって、シンガー販売促進活動の原動力となります。1878年にはフランチャイズと直営支店の両方式は米国市場を網羅する段階に達しました。

アメリカ・マーケティングの生成
アメリカ・マーケティングの生成

市民戦争で自社製品が利用されたホイラー・アンド・ウィルソン(Wheeler & Wilson =W.W)社は、終戦直後からシンガー社と米国内競争に入りました。1870年代になると米国ミシン競争は一層激しくなりました。ミシン競争は次の記事もご参照ください。「ミシン・バトル : 1870年代アメリカのミシン開発競争

ミシン・バトル : 1870年代アメリカのミシン開発競争
アメリカでは1950年代にミシンが産業化され、直後から過当競争の段階に進みます。また、特許権に関する裁判が急増しました。1870年代にはパテント・プールに落ち着きます。このページでは過当競争や裁判沙汰を風刺したイラスト「ミシン・バトル」を参照しミシンの有名会社を紹介しています。

シンガー社の家用ミシンの製造販売

シンガー社の場合、工業用ミシンだけでなく、家庭用ミシンの開発・販売にも重点を置いていた点が特徴です。1856年の「タートルバック」(亀の背中に似た設計デザインのために、こう呼ばれました)を嚆矢に、1859年に家庭用A型モデル、1865年にニュー・ファミリー・モデルの販売を開始しました。このように、創業直後から工場だけでなく家にも市場拡大を図った点が同社の躍進を支えます。

1858年に製造販売されたシンガー社製家用ミシン「タートルバック」。

1858年に製造販売されたシンガー社製家用ミシン「タートルバック」。 via NOT MINE – but I have the honor of sharing this piece of new history…

1879年に特許取得された振動シャトルの機構は、のちに改良型ファミリー・クラス15や、改良型工業用クラス16等へ応用されました。このシャトルの模倣は、1930年代以降の日本ミシン会社最大の難関となりました。

ついで、シンガー社は1880年代に新機械の部品に互換性を持たせ、クランク、レバー、カムを用いて作動させる段階に到達します(小原博, 2012, シンガー社の需要創造活動)。1885年になると電動式ミシンの開発に着手し、手廻式ミシン・足踏式ミシン・電動式ミシンがシンガー社の製品リストに並びます。

ブラザーの再生と進化―価値創造へのあくなき挑戦
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シンガー社製品の売れ行き

1880年代以降のシンガー社製ミシン販売の展開は枚挙に暇がありません。主なものは、1890年の年間販売量80万台(Don Bissell, 1999, p.116)、1895年のキャビネット型ミシン69万4,000台などが挙げられます(Don Bissell, 1999, p.119)。1895年9月末までにシンガー社は創業以来の通算1,325万台を販売し、そのうち外国工場は587万台を製造していました(小原博, 2012, 149頁)。

アンドリュー・ゴードンによると、シンガー社は日本に最初の支店を横浜と神戸に設置した1900年に同社製ミシンが米国で約5割、世界で7~8割の市場を独占し、そのうち約8割が主に女性に利用された家庭用ミシン(家内労働用含む)であったといいます。ただし、20世紀初頭の日本の場合、同社製の工業用ミシンが大量に輸入され、それが家にも設置される場合がありました。この点をゴードンは無視しているので問題が残ります。

アンドリュー・ゴードン(2005, ミシンの宣伝と利用から読み取る女性像)。ゴードンの論考はシンポジウム原稿であり、データ出典元を明記していません。とはいえDon Bissell, 1999, p.224.にも1890年に世界シェア8割という年表が付されているのでゴードンを信用できるかなと思います。
The First Conglomerate: 145 Years of the Singer Sewing Machine Company
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