ミシンの謎に迫る

ミシンの歴史や広がりを紹介しています。
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母が嫁入り道具として我が家へ持って来たもの

シンガー社ルミナ1690(Singer Rumina U 1690) ミシンのアンケート
シンガー社ルミナ1690(Singer Rumina U 1690)
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ミシン・アンケート : ANさんの回答

シンガー社ルミナ1690(Singer Rumina U 1690)

対象となるミシンのメーカー

シンガー

学生からいただいた写真からシリーズがわかったので調べたところ、このミシンはシンガー社ルミナ1690(Singer Rumina U 1690)で、こちらの記事によると1985年頃にシンガー日鋼栃木工場で作られたものかと思われます。

ミシンの所有者とあなたとの関係

ミシンの用途

これは私の母が嫁入り道具として我が家へ持って来たものです。母はこのミシンで主に私と私の妹の洋服や小物を作ってくれていました。

私が幼かった頃は、幼稚園に持って行く為の手提げカバンやシューズ入れ、またワンピースやエプロンなどです。小学校に上がっても変わらずワンピースやショートパンツなどを作ってくれていました。雑巾やポーチなどの小物もこのミシンで作ってくれました。これら全ては私たち娘への無償労働でした。

ミシンを買った時期

1990年頃

ミシンを習った場所

母が実家で暮らしていた頃に家の近くのミシン屋さんで購入し、近所のよしみでと店主に基礎的な技術を教わっていたようです。定期的に教わりに行きカバンやポーチを作っていたそうです。

また、母の母(私の祖母)は大丸ドレスメーカー専門学校を卒業しておりミシンは上級者だったので、洋服作りや浴衣作りなど難しい技術はそこから見よう見まねでまなんだそうです。嫁に来てからは、姑(私の祖母)と一緒にミシン作業をしている時もたくさん教えて貰ったと聞きました。

大丸ドレスメーカー専門学校(大丸ドレスメーカー女学院)は現在の「ディーズファッション専門学校」だと思われます。ドレスメーカー女学院はドレメ式(杉野式)の裁縫を促進していた杉野芳子系列の裁縫学校で(現杉野服飾大学ほか)、雑誌「ドレスメーキング」を発行していました。アンケートを機に学生に少し詳しく尋ねたところ、お祖母さんは1940年京都府綾部市の生まれで、高校を卒業してから大丸ドレスメーカーに入学されたとのこと、1958年の入学かと思います。「ディーズファッション専門学校」のサイトでは1949年に大丸京都店内で開校されたとありますから、開校10年後頃に汽車で通学されたということになります。経路が分かってくるとワクワクしてきますね。ANさん、ありがとうございました。

ミシンに対する思い入れ

母曰く、このミシンは元々母親も使っていたものだったので、これを見ると家庭に入る前の緊張や覚悟、子育てに奮闘していた頃を思い出したりするそうです。またミシン自体に機能はすくないけれど母親のように家族のために沢山作りたいと思ったとも言っていました。

実際、私たちの成長に合わせて色々なものが作れたことを嬉しく思ってくれているそうです。今でもそれらの作品は捨てずにとってあり、手作りの良さを私たち娘にも知ってもらえたらと言っています。

ミシンを使わなくなった経緯や今の使い道

私たちが小学校に上がると、母は仕事に復帰しミシンを使う時間がなくなったと言います。また雑巾やポーチは100円均一等で手軽に買えるようになったので、手軽に済ませてしまうようになりました。

子育てがひと段落して久々にミシンを開けて使って見ると動きが鈍くなっており、自分自身も感覚を忘れてしまっていたのでそれからは一度も触れていないそうです。この課題を機に数年ぶりにミシンに触れ、今は物作り意欲が再燃したのか新しいミシンの購入を検討しています。

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