子供にミシンが必要な理由

娘の幼少期に寄り添ったミシン:ジューキ社「HZL-725」

ジューキミシンの思い出
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娘の幼少期に寄り添ったミシン:ジューキ社「HZL-725」

このページでは「娘の幼少期に寄り添ったミシン」と題した、ジューキ社「HZL-725」の思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

ミシン所有者とあなたの関係

そのミシンを所有している方はあなたから見てどなたに当たりますか?

ミシンの所有者は母です。

その方の生年やミシン利用期間の西暦や居住地(市群レベル程度)

母の生年は1968年、育った場所は京都府京都市です。

このミシン(ジューキ社「HZL-725」)は、1999年から20年ほど京都府宇治市で使用しています。

ミシン本体について

ジューキミシン HZL-725

  • ミシンのメーカー:ジューキ
  • ミシンの機種:HZL-725
  • ミシンの購入年:1999年頃

ミシンの性能

良かった点は3点あり、悪かった点は1点だったようです。

悪かった点も挙げて頂きましたが、本人は慣れてしまえばあまり気にならなかったとのことでした。

良かった点

手元のスイッチでスタートやストップの操作ができ、縫い目の長さと縫うスピードを調整できた点。ほぼ全ての操作を手元で行えたため細かい作業や難しい作業もしやすく、縫い間違えた場合もすぐに直すことができ便利でした。

筒状のものも縫えるようになっていた点。トートバッグやクッションカバーを作る場合など、手前にある布が邪魔にならないように補助テーブルを取り外しできたことで、多くのものを作らないといけない場合もストレスなく作成することができました。

縫い目の種類が購入当時の平均性能としては多く12種類あった点。12種類全てを使ってはいませんでしたが、雑誌に書かれているコースターなどを作るときに便利でした。

悪かった点

糸調子の調整が少し不安定だった点。悪い点を挙げるのであれば糸調子の調整が不安定になる事が稀にありましたが、気になるほどではありませんでした。

ミシン技術の習得先

主に1981年4月~1986年3月まで通っていた中学校と高等学校の家庭科の授業で習得しました。中学校、高等学校の学校名は同志社女子中学校・高等学校で、最寄り駅は地下鉄今出川駅です。最寄り駅地下鉄今出川駅から今出川通りを徒歩7分。

また、実家が呉服屋をしていたため、小さいころから家に置いていた足踏みミシンには触って遊ぶ機会があり、小学生頃には足踏みミシンの簡単な使い方を母親から教えてもらい一緒に縫物をしたこともありました。

ミシンの使い道

ジューキミシン HZL-725

ミシンの所有者はミシンをどのようなことに使いましたか?

主に娘2人(私と私の姉)の幼稚園から小学校にかけて必要だった小物類や家庭で使用する小物類の作成のために使いました。他には趣味で自分や娘のために簡単な衣服の作成や補修などにも使用しました。

誰のために何を作ったか、作ったものを具体的に書いてください。

娘2人が幼稚園と小学校で使用する上履き入れ

キルティング生地の表側を直線縫ジグザグ縫、裏側の始末は裁ち目かがり縫いを用いて作りました。

娘2人が幼稚園、小学校で使用するお道具箱入れ

キルティング生地の表側を直線縫ジグザグ縫、裏側の始末は裁ち目かがり縫いを用いて作りました。

娘2人が小学校で使用する給食袋

基本的に直線縫いを用いて作りました。

母自身のためのジャンパースカート

穴が開いてしまったり破れてしまったことで使えなくなったジーンズパンツの生地を集めて継ぎ接ぎし、直線縫いとかがり縫い、ジグザグ縫いを用いて作りました。

家庭用の箪笥のカーテン

基本的に直線縫いを用い、裏の始末のみ裁ち目かがり縫いを用いて作りました。

家庭用のコースター

直線縫ジグザグ縫を用いて作りました。

やかんを置くための鍋敷き

穴が開いてしまったり破れてしまったことで使えなくなったジーンズパンツの生地を集めて継ぎ接ぎし、直線縫いを用いて作りました。

ペット用のクッションカバー

Tシャツの古くなったものから直線縫いを用いて作りました。

無償労働か有償労働かの区別も入れて下さい。

基本的に家事労働として家族のためにミシンを使用していたため無償労働でした。

ミシンの現在

子どもが大きくなると保護者会や、地域の取り組みに参加する機会が増え、家でゆっくりする時間も減ったことで時間的余裕がなくなったため次第に使わなくなっていきました。また今の時代は作るための布や糸などの材料を揃えて一から作成するより、既製品を買う方が技術性の高い高品質のものを安く手に入れることができるようになったことも大きな要因です。

娘たちも小学校から学校でミシンについて学んでいたようですが、家に帰ってきて作ることもなかったので会話の中でミシンについて話すこともなくなり私(母)も作る意欲があまり若いころのようには湧かなくなってしまいました。

ミシンへの思い入れ

今回取り上げたジューキのHZL-725を購入したのは1999年、私(母)が30歳の頃でした。当時はサラリーマン家庭で決して裕福とはいえなかったので節約の日々でしたが、京都への引っ越しを機会に当時としては値の張ったジューキを性能や持ちの良さを考慮して購入しました。

娘2人の小物を作っている最中には、上の娘(私の姉)も下の娘(私)もミシンの動きが面白く感じたようで、横に座って針の動きを観察したり、布の切れ端やミシンから出てくる糸くずを集めておもちゃにしていたことをよく覚えています。

また、娘が幼稚園生のころは膝を立てて歩くことが多かったためすぐにジーンズパンツの膝部分に穴が開いてしまい、穴が開いてしまったジーンズパンツをどのようにリサイクルするかと考えながらミシン作業をすることもありました。

そのようなときに読んでいたものがオレンジページなどの主婦向け雑誌でした。そのような雑誌には小物の作り方が載っていることもあったため、若いころは読みながら実際に作ってみたこともありました。

何はともあれ、娘たちが小さかったころには大活躍してくれたなと思っています。

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