子供にミシンが必要な理由

ブラザーミシンの思い出

ブラザーミシンの思い出を述べた記事を紹介しています。

1932年、安井正義はシンガー社第15種(Singer 15)の模倣生産から第15種70型を制作し成功(ブラザー社としては初の家庭用ミシン)。シンガー社15種の特許は20世紀転換期頃には公知公用の状態でした。両社のギャップをまとめた記事はこちら。

ブラザーミシンの思い出

人を思いやる気持ちがこもったミシン:ブラザー BS-100 EL617

「人を思いやる気持ちがこもったミシン」と題した、ブラザー社の「BS-100 EL617」の思い出を学生アンケートから紹介しています。このミシンをこれからも大事に使っていきたいですし、いつか孫のためのもこのミシンを使えたらいいなと思っています。
2019.11.13
ブラザーミシンの思い出

これから先も趣味はミシン!:ブラザー Sensia 120 CPV7203

このページでは「これから先も趣味はミシン!」と題した、ブラザー社の「Sensia 120 CPV7203」の思い出を学生アンケートから紹介しています。インタビューの最後に祖母は久しぶりに私のカバンも作ってあげると言ってくれました。
2019.11.13
ブラザーミシンの思い出

憧れのミシン:ブラザー creative studio II TAT7602

「憧れのミシン」と題した、ブラザー社の「creative studio II TAT7602」の思い出を学生アンケートから紹介しています。デザイナーに憧れてミシンに夢を乗せていた訳ですが、夢が断たれた今は、悲しさと悔しさと、まだ諦め切れない夢の象徴としてあるようです。
ブラザーミシンの思い出

母のミシンへの2つの思い出とため息:ブラザー ELU5801

このページでは「母のミシンへの2つの思い出とため息」と題した、ブラザー社の「ELU5801」の思い出を学生アンケートから紹介しています。私の成長にともない、母はミシンを使わなくなりました。ミシンを使用して作るものがなくなったのが一番の理由でした。
ブラザーミシンの思い出

押入れのミシン:ブラザー社 コンパル・エース ZZ3-B765

このページでは「押入れのミシン」と題した、ブラザー社の「コンパル・エース ZZ3-B765」の思い出を学生アンケートから紹介しています。
2019.11.04
ブラザーミシンの思い出

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

「母にとってミシンとは」と題した、ブラザー社の「sincere-L:ZZ3-B121」(シンシア・エル)の思い出を学生アンケートから紹介しています。結婚した当時の思い出や私の小さい頃の思い出が詰まったミシンなので、ずっと捨てずに置いておくと話していました。
2019.11.04
ブラザーミシンの思い出

愛の詰まったミシン:ブラザーエリートZZ3-B303

このページでは「愛の詰まったミシン」と題した、ブラザーエリートZZ3-B303(スーパージグザグ303)の思い出を学生アンケートから紹介しています。ミシンは、学生の母が所有しているもので、現在も使われています。
2019.11.04
ブラザーミシンの思い出

ジグザグに縫えたりボタンホールを作成できたりで感動

高校2年生である1974年頃に写真でアップしたミシン・メーカーのブラザーのミシン教室に、1日のみではありますが通っていたそうで、小中学校で習った内容よりもより詳しくミシンの扱いを習い、またブラザー・ミシンの特徴等の講習もあったそうです。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

父がミシンを習い始めたのは10年前の47・48歳頃

父が習い出したのはここ10年程前ですので、47・48歳の頃に習ったそうです。ミシンを持ち、自分で布から物を作ったり手直しする事で、ショップで売っているようなものだけでなく、オリジナリティ溢れる物を自分で作れる喜びがあるらしいです。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

上糸がうまく針の穴に入らず下糸を引き出すのにも苦労

ミシンに対しての思い出は3つあり、1つ目は中学校の頃に授業で初めてミシンを使用して縫い物をしようとしたときに上糸がうまく針の穴に入らず苦労したことと、下糸を引き出すのに苦労したことです。母は現在ミシンを使わないようになりました。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

祖母が学校で学んだミシンは電動式ではなく足踏式

祖母は1970年〜1976年に中学校・高校の授業で先生からミシンの扱い方や裁縫を学んだそうです。当時、学校で学んだミシンは電動ミシンではなく、足踏みミシンであったそうです。時系列的には、その5年後くらいに祖母はこの電動ミシンを購入しました。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

小学校で手動ミシンを学び家で電動ミシンを学ぶ

小学校で当時3、4年生の時に学校の授業で手動ミシンの使い方を主に学び、その時に家に電動ミシンがあったために学校で習ってきた事を生かしミシンをいじっていたそうです。母は一人っ子で両親が共働きという事もあり、家で一人の時間が多かったのです。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

私たち姉妹に服やカバンを作ったことが一番の思い出

ほぼ独学での知識だと言っていましたが、小学校の家庭科の授業で学んだ知識も少し含まれているそうです。母は編み物やミシンでモノを作ることが好きだった様で、昔私たち姉妹に服やカバンを作って喜んでいたことが一番思い出に残っているそうです。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

妹の体育祭衣装をきっかけに母がミシンの使い方を伝授

ミシンに対しての思い出はやはり妹の体育祭の衣装を作らされたことです。作らされた時に私は大学生で、もうあまりミシンの使い方を覚えていなかったので母に教えてもらいながら作りました。ミシンに指を挟みそうになりながら夜中の12時頃まで頑張っていました。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

かなり高額だったミシンを祖母は積み立てで母に購入

1974年に入学した周山中学校の家庭科の授業でパジャマの縫製における使用。教室40人で当時最新のミシンという機械を使い縫う事に面白さを感じた。母の祖母が当時20~30万程度の高額であったとされるミシンを積み立てで購入してくれた。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

学校の授業で習ったこと以外は自分の感覚で覚えた

実家には足踏み式のミシンがあったそうで、それを使って練習や裁縫をしていました。しかし、家庭でも特に細かいことは教わっておらず、学校の授業で習ったこと以外はほとんど自分の感覚で、実際に使ってみて覚えたり慣れていったりしていたそうです。
ブラザーミシンの思い出

自分の好きな生地で和服を作ったミシン

自分の好きな生地で着物や和服を作って着るのが趣味だった:当時の小学校ではそのような学習はあまりなく、ほとんどが祖母の母(私の曽祖母)に家で直々に教えてもらっていたそうです。足を使って使用するタイプのものは今では少なくなっています。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

ミシンで縫う作業は面倒くさくて嫌

正直ミシンで縫う作業は面倒くさくて嫌いでした:ウェアが破れてしまった時「またかよ。」と思うことも多かったですが、久し振りにミシン見た時、いい思い出だなと感じました。私にとってミシンの思い出は昔は面倒くさいものでしたがいまはいい思い出です。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

2004年から母にとって切っても切り離せないミシン

このミシンは2004年から母にとって切っても切り離せない存在:衣装を作っていたのでどの衣装にもとても思い入れがあります。どれも作るのにとても時間がかかり大変だったし、成長するにつれ大きくなり、デザインにもこだわるようになるので大変でした。
2019.09.16
ブラザーミシンの思い出

足踏ミシンが主流のなかボタンで動く電動式を母が購入

当時は足踏みミシンが主流で、ボタンで動くものでした:母が購入したミシンはとても新しいものだったと話していました。今では当たり前のことですが、当時では最新のモデルだったみたいでとても使いやすくモノを作ることがとても楽しかったと言っていました。
2019.09.16
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