子供にミシンが必要な理由

近代日本の衣服産業 姫路市藤本仕立店にみる展開

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近代日本の衣服産業 姫路市藤本仕立店にみる展開

このページでは私の著書『近代日本の衣服産業』を紹介しています。

納品日の日記はこちらをご覧ください。

本書は下のリンクからご購入できます。

本書は2019年9月に刊行されました。出版社のページの宣伝文は次のとおりです。

日本の衣服産業は、19世紀中期からの約1世紀間に目まぐるしく進展した。しかし急速な産業化はこの分野の学術研究を混乱させ、いまだ十分な議論は積み重ねられていない。

本書では、兵庫県姫路市の小規模裁縫業者(藤本仕立店)の家文書を主な史料としながら、その創業から廃業までの姿を追った。戦時経済統制や他産地の動向など、時代の流れに翻弄された同家の実態を浮き彫りにすることで、新たな切り口から近代衣服産業の展開を描く。

出典 近代日本の衣服産業|出版|思文閣 美術品・古書古典籍の販売・買取、学術出版

また、思文閣出版ニュース第117号では担当編集者から次のような要約をしてもらいました。

「衣服」という身近なテーマから、従来の経済史研究に一石を投じようとする挑戦的な一書です。

著者の約20年にわたる藤本家(文書)との付き合いをまとめた研究成果は、一小企業のビジネス・ヒストリーとしても濃密で面白く、藤本仕立店に関連した同時代の組織について、ニッチなトピックスが随所に散りばめられています。中でも、これまであまり知られていなかった陸海軍衣糧廠についてはかなり詳しく紹介されており、コアな戦時マニアにもおすすめです。

出典 思文閣出版ニュース第117号

本書の特徴

近代日本の経済史 藤本仕立店にみる展開 @京阪三条駅前、2019年9月30日。

本書は、近代日本の衣服産業史を述べたものです。対象とする時期は19世紀末の創業から終戦後の廃業までの約半世紀です。

兵庫県姫路市の藤本家文書を手がかりに、近代日本経済史の発展段階で特異な位置を占めた衣服産業の動向を詳しくまとめました。衣服産業は今でいうアパレル産業、昔でいう裁縫業です。

本書だけで、19世紀後半・20世紀前半の衣服産業(アパレル産業)の歴史と1軒のビジネス・ヒストリーを詳しく理解できます。
日本におけるアパレル産業の成立や形成は1960年代や1970年代ではなく、19世紀末頃にまでさかのぼれます。これを勘違いした研究者が多すぎるのは日本の経済学・経営学の不幸です。詳しくは本書をお読みください。

本書の主な内容

本書の主な内容は3点あります。

  • 姫路市で操業した藤本仕立店の経営体制(設備・規模・労働力・出荷)
  • 取扱製品の構成や展開
  • 戦時統制下における衣服産業部門の再編と同店の対応

本書と前著の関係

2014年に刊行した『ミシンと衣服の経済史』は、外国製ミシンの普及とともに日本の衣服産業が展開した状況をまとめました。これに対して本書は、藤本仕立店が衣服産業の展開のなかでどのような経営を行なったかを細かくたどっています。

つまり、前著の全国動向のもとで藤本仕立店がどのような経営を行ない、全国動向のなかでとのような位置を占めたかを明らかにしています。また、衣服産業の展開と藤本仕立店の展開から、当時の衣服文化がどのような状況にあったかを明らかにしています。

また、前著では19世紀末に都市部の女性にミシン内職が広まっていった点を明らかにしました。本書では同じ時期に陸軍被服廠を退役した男性たちも内職に従事した点を描きました。

先行研究に対する貢献

本書で行なった分析の結果、次の大きな2点から先行研究に貢献できることが分かりました。

ファッションの歴史に関する研究

洋服や和服という二項対立では説明できない多様な衣服文化が存在したことが分かりました。また、衣服文化の多様性のポイントも明記しました。

経済史研究

衣料品の生産と販売を町中の小規模な無数の裁縫業者が全国規模で担っていたことを概括しました。また、小規模な裁縫業者からみると、これまでの日本経済史研究の視野の狭さを痛感します。この点をかなり詳しく指摘して批判しました。

本書の概要

序章

本書は、兵庫県姫路市の藤本家文書の全容解明をめざしたものです。この成果にくわえ、近代日本経済史の発展で特異な位置を占めた衣服産業(裁縫業)の動向を詳しく述べています。

本書の主な内容は次のとおりです。

  1. 藤本仕立店の設備・規模・労働力
  2. 取扱製品の構成と展開
  3. 戦時統制下における衣服産業部門の再編と同店の対応

対象とする時期は19世紀末の創業から終戦後の廃業までの約半世紀にわたります。

現在のアパレル産業は多国籍企業の典型例として知られています。つまり、経営組織や生産組織は地球規模に拡大しています。

たとえば、日系企業ではUNIQLO、米国系企業ではGAPやForever 21、スウェーデン系企業ではH&Mなどが挙げられます。今後は中国系企業も増えていくでしょう。これらの企業は自社工場と委託工場のいずれか、またはいずれも、海外にもっていることが多いのが特徴です。

このような経営の拡大のスタートを示すのが本書の藤本仕立店や他のアパレル工場です。本書の扱う20世紀前半の日本衣服産業では、生産組織が地域内に留まる傾向がみられます。組織の範囲が一国規模に拡大したのは戦時経済統制期でした。このような拡大を藤本仕立店の動向をもとに描いています。

また、アパレル工場における設備の構成に立ち入って考察し、ミシンの配列から生産組織のあり方を検討しました。

第1部 藤本仕立店の経営構造―和洋二項対立の克服―

第1部は藤本仕立店の経営構造を生産体制や流通体制から明らかにしていきます。

なかでもミシンの配置からみたアパレル工場の中身を2社からまとめた点は見ごたえがあると思います。その2社とは一つに藤本仕立店、二つに蝶矢シャツです。

日本経済史研究の限界

日本経済史研究では、日本と西洋とを短絡的に比較する二項対立(和洋の二項対立)に依拠して研究がおこなわれてきました。

この発想は非建設的で自閉的です。そのうえ、ふつう一国史は20世紀初頭のグローバル経済という前提を無視します。そのうえで、西洋にない要素を日本独自のものと即断する悪癖があります。

たとえば、佐々木淳氏は分散型生産組織を日本独自なシステムだと繰り返し述べました(佐々木淳『アジアの工業化と日本―機械織りの生産組織と労働―』晃洋書房、2006年)。

しかし、中国経済史研究では分散型生産組織は前提です。中国では「放料加工制」という分かりやすい言葉を用いています(劉克祥『簡明中国経済史』北京、経済科学出版社、2001年)。さらに日本や中国以外の国や地域にも見られることが知られています。これを佐々木氏は日本独自なシステムだと捉えてしまった訳です。

といっても、日本経済史研究でも中国経済史研究でも序章に述べたような地理的要因の分析が欠けています。このことを意識して、1章では藤本仕立店の敷地や立地に注意しながら生産体制を詳しくみていきます。

日本社会史研究の限界

日本社会史においても似た悪癖が見られます。

たとえば、井上雅人氏は1910年頃の洋裁教育を念頭に、和服要素に洋服要素を加えた衣服の段階があったと述べました(井上雅人『洋裁文化と日本のファッション』青弓社、2017年)。

しかし、井上氏が和服要素とみなす袖つけは中国にも広くみられたものです。

そこで、2章では藤本仕立店の取扱品目から和服の商品化の実態を示すとともに、取扱商品の形態を分析することで袖付けの意味を考察します。

短絡的な二項対立を超える

第3章では1900年代初頭の藤本仕立店の商品構成を概観し、和洋という範疇では決して収まりきらない衣料品の多様性や融合性を述べます。

第2部

第2部は藤本仕立店の動向を時間の継起からみていきます。

取り扱い製品の変化

同店は19世紀末の創業以来、綿織物を主な生地に用いさまざまな和服仕事着を製造販売していました。1910年代になると柔道着の製造販売を始め、30年代には学生服を仕入販売するようになります。

販売先の傾向

仕事着、柔道着、学生服はそれぞれ販売先を異にしていました。第4章では仕事着と柔道着をとりあげて、販売先の傾向をまとめました。

仕事着の販売圏は兵庫県内の生野街道・播但鉄道沿線の小売店でした。1920年代になると鉱山会社の三菱に一括で販売するようにもなります。

柔道着は藤本仕立店店主の政吉が師事した不遷流柔術家(田辺又右衛門)の人脈を土台にしていました。これをもとに兵庫県下と大阪府下の学校や道場などの販売先を確保しました。この人脈は、柔道が教育・スポーツとして全国的規模で普及したことに連動していました。いわば柔道ネットワークです。

学生服は大阪府と岡山県のメーカーや卸売商から仕入れ、兵庫県下の学校を中心に販売していました。

戦時経済統制

1930年代後半とくに戦時期になると、衣服産業は最重要たる兵器産業に次いで重要視されます。

第5章でまとめたのは次のような動向です。戦時期に大阪府、岡山県、広島県の衣服産業は頭角を現します。経済統制の進展とともに兵庫県の低位は鮮明になります。

第6章・第7章では藤本仕立店の動向を会社組織の面と取り扱い製品の構成変化に注目しました。同店は戦時期の材料配給は断続的で、自家生産比率を大きく下げて経営規模が大幅に縮小ました。この点を詳しく述べています。

姫路市内のアパレル工場が疲弊しているなか、1942年に姫路市内に第二海軍衣糧廠が開庁します。同衣糧廠には下請を担う民間協力工場や学校工場が無数に存在しましたが、藤本仕立店の関与する組合や有限会社に発注はありませんでした。このような、政府側と民間側との落差についても第6章・第7章を中心に言及しました。

第二海軍衣糧廠の本廠が姫路市、支廠が岡山市に設置されました。

終章

兵庫県姫路市の藤本仕立店は19世紀末に創業しました。

当時は新しい産業だった衣服産業の一翼を担いました。新産業ゆえに同店は確固たる経営体制を採らず、いわば過渡的形態の錯綜を示していました。経営体制は時代とともに姿を変えます。

終章では、本書の結論部分を明確にするために、序章に提起した課題を第1節で再検討します。つづく第2節では経済史および文化史の研究史上の問題点を指摘していきます。

本書に記したニッチ・テーマ

調査を続けるなかでわかってきた、ニッチなテーマについても本書は豊富に述べています。たとえば次のようなトピックです。

  • 藤本仕立店の店主・政吉氏は不遷流柔術4代目師範の田辺又右衛門の弟子でした。本書は田辺又右衛門および弟子の中山英三郎ら戦前期の不遷流について少なからず言及しています。
  • 陸軍被服廠のシャツの仕様書を詳しく取りあげています。
  • 陸軍被服廠ですらあまり知られていない研究状況で、海軍衣糧廠について詳しく調べました。とくに海軍衣糧廠姫路本廠には1章分を割いてまとめています。
  • 海軍衣糧廠姫路本廠に勤務した浅田芳朗氏の手記を丁寧に紹介しました。氏が衣糧廠に勤務する前に一時的に師事していたのは考古学の鬼才・森本六爾(私の大叔父)です。この点を明記しました。

本書は下のリンクからご購入できます。

本書の目次

序章 本書の主題と藤本仕立店の概要

  1. 本書の主題
  2. 藤本仕立店の概要
  3. 藤本家文書の概要
  4. 小括

補論1 近代日本の衣服産業史

  1. 前近代と近代における衣服産業の外観
  2. 素材からみた近代日本の衣服産業
  3. 第Ⅰ部 藤本仕立店の商品・生産・流通

第Ⅰ部 藤本仕立店の商品・生産・流通

第一章 生産体制と流通体制

  1. 通勤工と受託工の仕事状況
  2. ミシンの導入
  3. 生産体制
  4. 流通体制
  5. 小括

第二章 取扱商品の主な形態―和服の商品化―

  1. 印半纏
  2. 柔道着
  3. 夏重版
  4. 小括
  5. 補論

第三章 取扱商品の構成―多種性の要因と意義―

  1. 商品の多種性とその要素
  2. 商品の多種性とその要因
  3. 1930年頃の取扱品目
  4. 小括

補論2 近現代日本で商品化された衣服

  1. 戦前『工業統計表』の出荷品目
  2. 戦時「繊維製品配給消費統制規則」の指定品目
  3. 戦後『工業統計表』の出荷品目
  4. 小括

第Ⅱ部 戦時体制と衣服産業の再編

第四章 一九三〇年代までの販売圏の展開とその背景

  1. 仕事着の卸売販売圏
  2. 柔道着の小売販売圏
  3. 小括

第五章 戦時経済統制下の衣服産業

  1. 繊維産業と衣服産業にみる経営体転換
  2. 戦時経済統制下における組合と有限会社の区別の必要性
  3. 衣服産業からみた統制史の概要
  4. 組合中心政策―日中戦争勃発から太平洋戦争勃発まで―
  5. 企業中心政策―太平洋戦争勃発前後の経済統制―
  6. 小括

第六章 戦時経済統制下の藤本仕立店

  1. 4府県の衣服産業の全国的位置づけ―学生服を中心に―
  2. 統制への対応(1938~39年)―工業組合設立と合資会社化―
  3. 統制への対応(1940~41年)―商業組合への加入―
  4. 統制への対応(1942~44年)―有限会社化と市内裁縫工場の変容―
  5. 小括

補論3 第二海軍衣糧廠姫路本廠と生産組織

  1. 海軍衣糧廠と浅田芳朗『姫路・第二海軍衣糧廠』
  2. 開庁までの経緯と人事組織
  3. 廠内の生産組織
  4. 廠外の生産組織
  5. 小括

第七章 戦時経済統制下の業態と取引状況

  1. 統制関連調査の概要
  2. 主要品目にみる業態
  3. 小括

第八章 資産の動向

  1. 「棚卸」の構造と費目
  2. 費目の動向
  3. 戦時経済統制を乗り越えた財源―裁縫業と貸家経営の比重―

終章 近代日本の衣服産業と藤本仕立店研究の意義

  1. 課題の再検討
  2. 先行研究の二項対立と日本一元化に対する批判
  3. おわりに

誤記訂正と注釈

袖付け

第1部2章に頻出します。これは袖を身頃に縫いつける意味で使っていますが、別のいい方では《衣服における肩と袖のあり方》ともいえます。

80・81頁

×「身頃と袖は裁たれずに一枚の布で連なっている」

○「身頃と袖は2枚の布で繋がっていて、平肩(水平)になっている」

平肩の普及を井上氏は日本特有のように考えていますが、それを批判するために平肩に注目したものの、連袖と接袖の問題も一緒くたに書いてしまいました。肩と袖を別問題として明記すべきでした。また、この論点に布幅の問題を入れたのは、余計に読みにくくさせているかと思います。他の脚注などでは別問題という趣旨を何とか言い訳がましく書いていますが、上記の誤記がネックになって、スマートに別問題として論じられていません。

244頁

×岡山衣料廠

○岡山衣糧廠

245頁

△「表7にも確認される」

○「GHQ引き渡し目録に載っており、表7にも記しておいた」

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