服ができるまで:繊維調達からミシン縫製までの道のり
ブラザーミシンの思い出

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121ブラザーミシンの思い出
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母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

このページでは「母にとってミシンとは」と題した、ブラザー社の「sincere-L:ZZ3-B121」(シンシア・エル)の思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

ミシン所有者とあなたの関係

今回私のミシンアンケートに協力していただいたのは母親です。母は1967年生まれで今年52歳になります。出身は大阪市生野区で、現在もそこに居住しています。

そんな母にミシンに関する様々な経験や思い出を尋ねてきました。

ミシン本体について

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

ミシンのメーカー

ブラザー工業株式会社

ミシンの機種

  • ブラザー シンシア・エル(sincere-L)ZZ3-B121(シリアルナンバー:No.50638569)
  • 定格電圧:100V
  • 定格消費電力:28W
  • 定格周波数:50/60Hz
  • ランプの消費電力:8V2.4W

ミシンの購入年

購入年:1995年

ミシンの性能

昔のミシンでは針穴に糸を通すには手で行うのが普通で、それだけで一苦労することがあったそうです。

しかし、このミシン(ブラザー社「sincere-L:ZZ3-B121」)は糸をセットし、ボタンを押すだけで機械が勝手に針穴に糸を通してくれるという機能が搭載されていて、それが買った当時は画期的で母は気に入っているとのことでした。

また、コンパクトなミシンでは作業する際に少し窮屈さを感じることがあるそうですが、このミシンはコンパクトにも関わらず、ミシンを収納するためのケースをミシン本体に取り付けることが可能です。そのため、ケースが邪魔にならないだけでなく、作業台を広げることができる点もよいと言っていました。

しかし、やはり厚手の生地を縫うにはコンパクトなために馬力が足りず、それが欠点だとも言っていました。

ミシン技術の習得先

母が初めてミシンを使ったのは、当時通っていた大阪市立東生野中学校の1年生の家庭科の授業で割烹着を作る時だったそうです。

今でこそ器用に私の衣服などを縫ってくれていますが、使い始めたばかりの頃はミシンのスピードをうまく調節できず、布地に書いた下書きを超えて縫うことがあったようです。そこで母はミシンの使い方を学ぶために祖母につきっきりで教えてもらったそうです。

祖母には糸の掛け方といった基本的なことから、返し縫いのやり方など技術的なことまで教わったそうです。こうして母は上手にミシンを使うことができるようになりました。学校の授業よりも、家で親に教えてもらうことがミシンの技術習得に大きく影響したようです。

ミシンの使い道

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

母にとってミシンとは:ブラザー sincere-L:ZZ3-B121

母がミシンを使っていた時期は、大きくわけて学生時代と結婚してからの生活になります。

学生時代

まず、学生時代の授業では、先ほど記したように中学1年生の頃に学校の課題として割烹着を作ったそうです。その翌年には、同じく学校の課題としてスカートを作ったそうです。

いずれもどのような縫い方をしたかはあまりはっきり覚えていないそうですが、これらを作ったことで裁縫に対して楽しさを感じ、趣味として裁縫をするようになったそうです。

その趣味の一環として最初に作ったのがナップサックです。当時の母の同級生の間ではオリジナルのナップサックを作るのが流行っていて、母もその流行に便乗したそうです。このナップサックは主に直線縫で作ったそうで、布地の端の部分は解れる(ほつれる)ことがないようにまつり縫で補強したそうです。同様に、直線縫とまつり縫を用いてトートバッグも作ったそうです。

結婚後

次いで、結婚して私が生まれてからは、私の弁当袋を作ってくれました。これには直線縫やまつり縫だけではなく、ジグザグ縫いも用いたそうです。

同様の技術を用いて体操服入れも作ってくれました。体操服入れを振り回して友達とじゃれ合っていた私が雑に扱っても破れないように縫い目は二重に縫ったり、当て布をしたりして補強するなどの工夫がなされていました。

ランチョンマットも作ったそうですが、これはバイアステープで布の端を挟んでその上を直線縫したそうです。

最近では私のズボンをまつり縫と袋縫という方法で裾上げしてもらいました。

以上のように母は様々なものを縫ってくれましたが、これらはすべて個人的な使用が目的であるため、母のミシンワークは家事労働といえ、無償労働の範疇に入ります。

ミシンの現在

母はミシンを使って様々なものを作ってきましたが、近年ではミシンを1年に1度使うか使わないかという頻度になってしまいました。

なぜなら、私が幼い頃は様々な小物が必要となるため、そのたびに作ってくれていましたが、私が大学生になった今となっては弁当袋や体操服入れは必要がなくなったからです。そのため、必然的にミシンから遠ざかることになりました。

また、今の時代は、洋服の手直しを手軽な値段で迅速にしてくれるお店が増えたためため、わざわざ自分の手で手間をかけて裁縫する必要がなくなりました。この点もミシンを使わなくなった理由の一つです。

そのため、今回家のミシンの写真を撮るためにミシンを取り出した時、箱には埃がかぶっていました。いかに日常生活からミシンの存在が失われているかを実感しました。

ミシンへの思い入れ

母がミシン技術を教わったのは祖母からなので、ミシンといえば祖母と一緒に特訓したことを思い出すそうです。

裁縫を教えてもらっている間、それまでは知らなかった祖母の一面を知り、当時思春期で親子関係の距離感が難しい年頃だったにも関わらず母子の絆が深まったと、母は話していました。

この頃からミシンを使ってオリジナルのものを作るという作業の難しさを痛感し、物をより大切にするようになったそうです。

また、今や使われなくなってクローゼットに眠っているミシン本体は、母が結婚する際に購入したものだそうです。たとえ今のミシンが壊れて使えなくなってしまっても、結婚した当時の思い出や私の小さい頃の思い出が詰まったミシンなので、ずっと捨てずに置いておくと話していました。

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