子供にミシンが必要な理由

1980年代中国で嫁入り道具だったミシン:蜜蜂牌JBI-3

1980年代中国で嫁入り道具だったミシン:蜜蜂牌JBI-3その他のミシンの思い出
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1980年代中国で嫁入り道具だったミシン:蜜蜂牌JBI-3

このページでは「1980年代中国で嫁入り道具だったミシン」と題した、上海缝纫机三厂(上海ミシン第3工場)の「蜜蜂牌JBI-3」の思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

ミシン所有者とあなたの関係

写真のミシン所有者は私の母です。母は1964年生まれで、中国の山東省の淄博市で住んでいます。このミシンは家に置いてあり、今でも使っています。

ミシン本体について

1980年代中国で嫁入り道具だったミシン:蜜蜂牌JBI-3

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ミシンのメーカー

上海缝纫机三厂

ミシンの機種

これは足踏式ミシンで、機種名は蜜蜂牌JBI-3型です。蜜蜂牌缝纫机(ミツバチミシン)の名で知られています。

ミシンの購入年

1987年に購入しました。

ミシンの性能

一般的な直線縫ジグザグ縫などの縫い方ができます。

ミシン技術の習得先

自分で説明書から習いました。

ミシンの使い道

1980年代中国で嫁入り道具だったミシン:蜜蜂牌JBI-3

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「蜜蜂牌JBI-3」ミシンは母の結婚するときの嫁入り道具として、祖母に買ってもらいました。そのときは結婚の四大件として、どの家でもミシンは欠かせないものでした。

このミシンを買った1年後、娘(私の姉)が生まれました。ですから、母は赤ちゃんのベビー服をミシンで作りました。母は「ミシンは買って1年ばかりですから、使い方と縫い方がそんなに上手くないので、作ったベビー服もあまり精巧ではなかった」と言いました。母はその時のサイズを覚えていませんが、縫い方はジグザグ縫かもしれないと言います。

私の記憶の中で、母はミシンをよく使うときが家のシーツと掛けカバーとかの周りをほつれてこないように、布端を裏に折り、直線縫を使いました。

最近に、母はミシンを使いました。先月に、母はTiktokのビデオを見ながら、自分でミシンを使ってパジャマを作りました。作り方は布をハサミで形を切り、襟のところに縁取りをして、他の部位にジグザグ縫を施していました。

ミシンの現在

以前より使う頻度は低くなりましたが、母はこのミシンを今でも時々使います。去年、姉に生まれた赤ちゃんのために、ベビー服とベビー靴をミシンで作りました。、そして、家では主にシーツと掛けカバーを解れてこないように使っています。他には、やる気があれば前述のように自分でパジャマを作る時もあります。母は自分で作ったパジャマはそんなに精巧ではありませんですが、店で買うものよりも、掛け替えのない嬉しさと満足感をもっています。

ミシンへの思い入れ

母が結婚した時代、ミシンは中国のどの家庭でも欲しがられた家具でした。しかし、当時のミシンは高価で下。ですから、1980年代の中国で、ミシンがあれば豊かな家族だと思われました。

このミシンを買う前に隣の家のミシンを見ると、母は羨ましい気分を押さえることができませんでした。ですので、ミシンを買ったとき母はとても嬉しかったです。

ミシンを買いましたが、ミシン学校へ行くお金がなかったので、母はミシン学校へ行っていません。そこで、説明書を読んで絶え間なく練習をして、ミシンの技術をだんだん上げていきました。

このミシンは今の新機種と比べればずいぶん古いですが、母に対して思い出が溢れるものです。それに、家のいろいろな物をこのミシンで作っており、家族に対するの珍重な記憶ももっています。母の愛情を込めていたミシンは、家族全員にとってとても大切なものです。

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