服ができるまで:繊維調達からミシン縫製までの道のり
その他のミシンの思い出

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57その他のミシンの思い出
この記事は約4分で読めます。

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57

このページでは「子供の成長とともに思い出すミシン」と題した、スイス・ジュネーヴのタファロ社(TAVARO S.A.)の「ELNA TYPE57」の思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

ミシン所有者とあなたの関係

そのミシンを所有している方はあなたから見てどなたに当たりますか?

その方の生年やミシン利用期間の西暦や居住地

1962年生まれ。ミシン利用期間は、1987年から現在にいたります(奈良県磯城郡)。

ミシン本体について

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57

ミシンのメーカー

TAVARO S.A. (GENEVA SWITZERLAND)

ミシンの機種

elna TYPE57(シリアルナンバー:1424001-F05)

ミシンの規格

  • 定格電圧:100V
  • 定格消費電力:75W
  • 定格周波数:50Hz

ミシンの購入年

1987年

ミシンの性能

このミシンは裾かがりができます。

裾縢という同じ性能を備えたミシンに次のユニオン・スペシャル社のミシンがあります。

ミシン技術の習得先

母の母、つまり私の祖母です。それと本。

ミシンの使い道

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57

子供の成長とともに思い出すミシン:TAVARO S.A. ELNA TYPE57

ミシンの所有者はミシンをどのようなことに使いましたか?

子供である私が幼稚園のころに使っていた上履き入れなどのバックを作ってくれました。これは、私が好きだったウサハナというサンリオのキャラクターの柄のモコモコした生地を使いました。

その時、母は初心者だったので本を見ながら作りました。子供である私の靴のサイズに合わせて作ってくれたり、鞄の大きさも大きすぎず、使いやすかった気がします。

その他に、小学生のころ私は新体操をしていたので、大会に着る衣装を買ったら高いので母がデザインを考え、生地も買いに行ってくれて作ってくれました。

年々、クオリティーが上がって個性的な衣装をよく作ってくれました。私は本番で着るときに嬉しかったです。大きさももちろん自分に合わせて作ってくれているのでピッタリで着心地もよかったです。

また、新体操はやめましたが、私の通っていた大阪教育大学附属天王寺中・高は行事が盛んでその時に必要な衣装も、私が自分で作るよりも綺麗なので任せていました。

現在では、買った服のウエストが大きいときも母に頼んで小さくしてもらっています。このように多くの用途で母はミシンを使っています。

誰のために何を作ったか、作ったものを具体的に書いてください。また使った縫い方(かがり縫い、まつり縫いなど)も。

子どもである私の為に、上に記したように上履き入れ、鞄、新体操や学校の行事の衣装、既製品の服の大きさの調整などに使っていました。よく使った縫い方は直線縫で、次に使ったのは端ミシンです。

無償労働か有償労働かの区別も入れて下さい。仕事として使った場合は(段落を変えて)できるだけ詳しい勤務先や勤務時期なども。

多くが私のために使ってくれたので、無職労働です。

新体操の衣装を私が着て、体が大きくなって着られなくなったものを何着か人にあげていたんですが、お金は貰っていなかったとおもいます。

ミシンの現在

所有者の方がミシンを使わなくなった経緯を書いてください。

私の年齢が上がるとともに使う頻度は少なくなっていったと思います。というのは単純に作るものがなくなったからです。新体操は小学生でやめていますし、中・高を卒業してからは行事などもなくなりましたので。

逆に今でも使われている場合は、今の使い道や頻度を教えて下さい。

現在では、たまに私の買った服を合うように調整するのに使うぐらいです。私も服を買うとき試着してみて多少大きくても、母に縫ってもらえるのをあてにしています。

ミシンへの思い入れ

所有者の方がミシンに対して思い入れ(思い出)があると思います。どんな点ですか?

母にインタビューした結果を私が加筆して記します。もともとミシンは自分の服を買うのがもったいなくて自分で服を作るために、母が25歳の時にお給料をためて買ったそうです。当日の価格で10万円ほどしたそうなんですが、会社の人にどれが良いか聞いて、買うことを決めたそうです。

しかし、今の母にとってのミシンの思い出となると、昔の自分のために買って使ったというよりも子供である私の成長とともにあった気がすると言っていました。

上にも記したように母は私のためにさまざまなものを作ってくれ、そのたびにミシンを使っていました。人にあげたものをのぞいてはどれも捨てずに家のどこかにあると思います。

その中でも最も印象深いのは新体操の衣装だそうです。やはり難しかったのと、舞台衣装なので気合が入ったそうです。

コメント 質問や感想をお寄せください♪

タイトルとURLをコピーしました