服ができるまで:繊維調達からミシン縫製までの道のり
その他のミシンの思い出

足踏式ミシンと電動式ミシンの思い出

その他のミシンの思い出
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足踏式ミシンと電動式ミシンの思い出

このページでは足踏式ミシンや電動式ミシンについて、主にトヨタ・ミシン「チャーミー1」の思い出を学生アンケートから紹介しています。

アンケートの紹介にあたり、学生レポートの日本語や文脈などの修正を私が行なっています。また、紹介に際して学生の許可を事前にいただいています。

ミシン所有者とあなたの関係

そのミシンを所有している方はあなたから見てどなたに当たりますか?

母です。

その方の生年やミシン利用期間の西暦や居住地

生年は1957年生まれです。利用期間は1985頃~2010年の間使われていました。この間、大阪市→茨木市→クアラルンプール→高槻市へと移住しました。

ミシン本体について

トヨタミシン「チャーミー1」

  • ミシンのメーカー:TOYOTA
  • ミシンの機種:トヨタミシン「チャーミー1」(Charmy1)
  • シリアル番号:016619
  • ミシンの購入年:1985年頃

ミシンの性能

母は一人暮らしをするようになり小さく、安いミシンが欲しいと思いこのミシンを購入しました。このミシンの良い点は、安い、場所を取らない、ボタンを押すだけで動く、ボビンの糸巻きはボビンを指定の位置にはめ込んで自動であったので楽であるとのことでした。

逆に、機械ベースで進むので自分のペースで作業ができる足踏みミシンにくらべて糸調節が難しく下糸がきれいにできないといった悪い点もありました。

ミシン技術の習得先

家で小学生の時に母は祖母が足踏みミシンを使っているのを見て時々質問をして答えてもらう程度でした。

主にミシンの使い方を学んだのはJR福島駅が最寄りの大阪市立八阪中学校で1970~1972年の間でした。中学校には電子ミシンと足踏みミシンがありましたが、家にあるのが足踏みミシンだったこともあり足踏みミシンを使っていたとのことです。

現在持っているミシンになってからは特別学んだことはないそうです。

ミシンの使い道

トヨタミシン「チャーミー1」

「チャーミー1」にはジグザグ縫、ヘムブラインド、三点ジグジグ、ボタンホールといった多様な縫い方がありましたが、直線縫返縫(半返し縫い、本返し縫いは手縫い)しか使っていませんでした。まつり縫いやかがり縫いなどは手縫いでした。

また、仕事で使うということはなく自分や子供のためにしか使っていなかったので無償労働です。

母が作ったものは以下のものです。

自分のために作ったもの

軽自動車の4席分のシートカバー一式,一泊用旅行バッグ,衣類を入れる用の袋,化粧ポーチ,シューズバッグ,印鑑ケース,ブックカバーなどを作っていました。

これらは全て結婚前の一人暮らしをしているときのものです。

また、シートカバーはキルティングを使用しており、それ以外は通常の綿生地を使ったようです。

結婚をして長女(自分から見た姉)と私が誕生してからミシンを使ったのは長女の小学校入学時でした。(長女の幼稚園はクアラルンプールであったため必要ありませんでした。)

長女の入学のために作ったもの

手提げ袋、体育館シューズ袋、リコーダー入れ、30㎝ものさしを入れる袋、体操服袋などです。

長男である私の入園時

手提げ袋、ティッシュケース、歯ブラシやコップを入れた給食袋、弁当袋などです。

最後に使ったのは私の小学校入学時でした。長女からのお下がりが少しあったものの男の子物の柄が少なかったため男の子物のアニメキャラクターなどの生地を買い作り直してもらいました。

子供ができてからは時間も少なく、長持ちするように丈夫な必要があるため長女と私のものは全てキルティングを使っていたようです。

ミシンの現在

私が小学校卒業後はミシンはめっきり使うことがなくなりました。

理由としては、付属品の手元を照らすライトがつかなくなったこと、長女と私が中学校に入学してからは特に縫物が必要になることがなかったこと、自分のために縫い物をする時間がなかったことです。

また、もともと母は手縫いのほうが得意であったので、体操服や制服が破れてしまっても全て手縫いをしていました。

ミシンへの思い入れ

母はトヨタ・ミシン「チャーミー1」を使い長女と私の必需品や母の趣味のものを作っており25年間も使っていました。

しかし、このミシンへの思い入れはあまりなく、昔実家にあった足踏みミシンの方が思い入れがあるということでした。

先代の足踏みミシン

母の実家にあった足踏みミシンは祖母の嫁入り道具として持ってきたもので、母の子供時代は姉妹三人おそろいの夏の日常着を作ってくれていたらしいです。そのミシンには裏側に赤い短冊のような紙が貼られていて、大人になってから聞いた話では曾祖父が税金のことで差し押さえになったときに何故か祖母の嫁入り道具ばかり差し出され惜しい思いをしたのでつけたままにしているということでした。

残念ながらその足踏みミシンはすでに母の実家にもありませんが、足踏みミシンはソーイング部本体の黒いくびれのある形がよく、下部の足部分やベルトの囲いといった部分もお洒落だったそうです。

初めて作品らしい作品を作ったのは中学1年生の時に綿の白のノースリーブブラウスでありその時はボタンホールも手縫いしていたらしいです。

ミシン部を持ち上げて、ベルトをセットするのも好きであり、自分のペースに合わせて前後にずらして布も好きだったようでした。

トヨタ・ミシン「チャーミー1」

「チャーミー1」で作ったもので印象深いのは、買って初めて作ったシートカバーだそうです。

このとき母は運転免許を取得し軽自動車を買ったのでシートカバーをつけたいと思いこのミシンを買いました。生地選びや作っている時、使っている時全てが楽しかったようです。

ちなみに、母が中学生時代に足踏みミシンで作った作品、「チャーミー1」で作ったシートカバー以外の作品共に母の趣味で作ったものは現在でも使っているようです。

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