西洋経済史研究のとりあげたミシンと衣服産業

ミシンの歴史
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この記事では、西洋経済史研究のとりあげたミシンと衣服産業を紹介しています。

日本経済史という偏った部門はミシンを軽率に扱ってきました。ミシン自体が無視されやすいのですが、日本の状況に対して、西洋経済史は正直にミシンとアパレル産業の展開を記録しています。

下に掲げるミシンの特徴のどこに西洋経済史は注目したかをあてはめながら読むのも面白いです。

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西洋経済史研究のとりあげたミシンと衣服産業

初めてミシンに注目したカール・マルクス:生産体制論

西洋経済史(または経済学)ではじめてミシンと衣服産業を考察したのはドイツの経済学者カール・マルクスでした。

彼は主著『資本論』の数十カ所でミシンに言及しています。なかでも抽象的に鷲づかみのようにミシンを特徴づけた文章が印象的です。

決定的に革命的な機械、すなわち、婦人帽子製造、仕立、製靴、針仕事、帽子製造などのような生産領域の無数の部門を一律に掌握する機械、─それはミシンである。Karl Marx, Das Kapital, Bd. I, Karl Marx – Friedrich Engels Werke, Band. 23, Dietz Verlag, Berlin/DDR, 1968, S. 495.(邦訳は次を参考、大内兵衛・細川嘉六監訳『マルクス=エンゲルス全集第23巻第1分冊』大月書店、1965年、615頁)

このようにマルクスが述べた時期は、アメリカ合衆国でミシン製造業が勃興した1850年代からわずか20年足らず、1868年のことでした。

上に述べたミシンの特徴をマルクスが1860年代には気づいていたと思わせる節があります。
その文章を見てみましょう。

ミシンは多様な利用が可能で、これまで個別だった部門を同一建造物で組み合わせ、同一資本の指揮下に一体化させる。予備的針仕事その他の作業はミシン設置場所で行なうのが最も適しているという事情も、この傾向を促している。Marx, Das Kapital, Bd. I, Karl Marx – Friedrich Engels Werke, Band. 23, S. 497. (邦訳は次を参考、大内・細川監訳『全集第23巻第1分冊』617頁)

「同一建造物」や「ミシン設置場所」など、スペースの問題として哲学的に述べている感もあって、この文章は解釈が分かれそうなところです。

私なりの理解をまとめます。

ミシンは、内職や委託生産などの分散型生産組織にも使えます。また、工場や家で数名以上が集まる集中型生産組織にも対応できます。そして、他の裁縫作業はミシンの近くで行なうのが便利です。

分散型生産組織の説明は次項の「デビッド・S・ランデス」に述べたので後で参照してください。

マルクスは、人類がほとんどの衣服調達を家内生産に依存してきたことを知っていました。

そのうえで、今後(1870年頃)は、ミシンの設置場所をバラバラのままでもいいし(分散型)、同一建造物の中で生産(集中型)してもいいと展望できました。

そして、後者の工場タイプが高まることも展望しています。

マルクスのミシンへの言及は含蓄深いものがあります。

ここで紹介したような内職や工場の話は、人間がどちらで作業して、雇い主がどう管理や調整するかという問題です。

これを経済学や経済史では生産体制論(または生産組織論)といいます。

デビッド・S・ランデス:ミシンの種類が生産組織を決める

生産体制論は、デビッド・S・ランデスも取りあげました。

生産は分散できたし、下請に出したり、家内労働者に自宅で行わせても良かった。デビッド・S・ランデス『西ヨーロッパ工業史1』石坂昭雄・富岡庄一訳、みすず書房、1980年、319頁

この指摘は、衣服産業の分散性をミシンの分散性に結びつけたものです。

ミシンは各家に置けるから、下請(工場か家)に出したり家に内職として行なわせたりできると述べています。

雇い主や発注元の工場からみればミシンや材料糸・材料布などを貸す関係にあるので、モノの分散という意味で分散型生産組織といいます。

これに対してミシンや材料を一か所に用意して人間をその場所へ来させる生産組織を集中型生産組織といいます。

ランデスが面白いのは、服づくりは分散型生産組織でも集中型生産組織でもできると言っているのに対して、靴づくりは集中型生産組織が多かった点を指摘したことです。

靴づくりには専門ミシンが必要だから貸し出しにくいし持っている家も少ないからです。

鋭い指摘。

日本帝国の陸軍被服廠が当初は軍靴生産に集中していたことを思い出します。この点は拙著『ミシンと衣服の経済史』180~181頁あたりをお読みください。

靴製作用ミシンの一例を上げておきます。

また、アメリカ合衆国の衣料品・関連品の商品化・産業化は大規模で影響力が大きく、イギリスやドイツなどのヨーロッパ諸国へはっきりと影響を与えたとランデスは述べました

エリック・J・ホブズボーム

ランデスと同じく靴屋に注目した歴史家に、エリック・J・ホブズボームがいます。

ホブズボームは、イギリスの靴屋が1875年にチェーン店で300店舗あり、25年後の1900年には2,600店まで増加し、それらの半数は1890年代に設立されていたとデータを出しています。

エリック・J・ホブズボーム『産業と帝国』浜林正夫・神武庸四郎・和田一夫訳、未来社、1984年、198頁

ホブズボームは、1900年代以降になって男性用洋服店、次いで女性用洋服店が徐々に増加し始めたとも指摘しました。

どうも経済史が取りあげるミシンは服よりも靴の方が多い気がしてきました。

たぶん、ミシンを駆使する比率が服づくりよりも靴作りに多いのでしょう。

スウェット・ショップ

今まで紹介してきたミシンと衣服の経済史は、生産体制の種類や商店の増加などでした。

他に労働からみる経済学・経済史のアプローチがあります。

なかでも劣悪労働を指摘する研究は多く、古くはLouis Levine〔1924〕が衣服産業部門の労働組合史に移民労働・女性労働を結びつけた形で叙述し文献も多数紹介しています。

Louis Levine, Women’s Garment Workers, Huebsch, 1924.

19世紀末から現代にみられる劣悪工場を取り上げ、労働組合の形成や労働運動の展開に焦点を当てた通史にはDaniel E. Benderの単著があります。

Daniel E. Bender, Sweated Work, Weak Bodies: Anti-Sweatshop Campaigns and Languages of Labor, Rutgers University Press, 2004.

同書では、人種、性別、健康状態の観点にもとづいた本です。

移民労働で始まった米国衣服産業に女性やユダヤ系・中国系移民が投入され、劣悪労働に従事したことがわかります。

同書の特徴として近年のナイキ(Nike)やギャップ(Gap)の劣悪工場を取りあげています。

衣服産業の歴史が長いアメリカでは、女性と移民が19世紀衣服産業へ大量に投入されました。

とはいえ、この事例は米国以外にも広く存在しています。

たとえばイギリスでは、Margaret Stewart & Leslie Hunter, The needle is threaded: The history of an industry, Heinmann/ Newman Neame, 1964、フランスでは松井真之介「フランスにおけるアルメニア人移民―その社会的成功をめぐって―」『鶴山論叢』第2巻、2002年3月、55~68頁、があります。

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まとめ

この記事では、西洋経済史研究のとりあげたミシンと衣服産業を紹介しました。

日本経済史分野はミシンを軽率に扱ってきました。ミシン自体を無視してきたのですが、西洋経済史は正直にミシンとアパレル産業の展開を記録してきました。

経済史という学問分野(研究分野)は動揺をうけやすいもので、これまで研究蓄積は充実していません。

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