ミシンのエピソード「祖母が学校で学んだミシンは電動式ではなく足踏式」をご紹介しています。
対象となるミシンのメーカーと機種は、ブラザー社「ソシエ」で、ミシンを買った時期1980年頃。
ミシンの所有者は祖母です。
ミシンの用途:ズボンの裾上げと裾出し
祖母にこのミシンで自分の学生ズボンの裾上げや裾出しをしてもらっていました。
学生の時は身長の変化が激しかったことからズボンの裾が合わなくなることがよくあり、定期的に裾直しを行なってもらっていました。祖母は自分だけでなく他の家族に対してもズボンの裾直しを多く行なっていました。
他にも、自分は小学、中学、高校と野球をしており、ユニフォームに背番号を縫いつける時に手縫いだとすぐ剥がれてしまうことから、このミシンを使ってしっかり縫い付けてもらっていました。
すべて無償労働でした。
祖母が学校で学んだミシンは電動式ではなく足踏式
祖母は1970年〜1976年に中学校、高校で授業の一環として先生からミシンの扱い方、裁縫についてを学んだそうです。
当時、学校で学んだミシンは電動ミシンではなく、足踏式ミシンであったそうです。
時系列的には、その5年後くらいに祖母はこの電動ミシンを購入しました。
基本的な知識は学校で学んでいたことを覚えていたため、少しわからなかったことも電動ミシンの説明書を読み、祖母の母と一緒に使い方を理解したそうです。
ミシンに対する思い入れ
祖母は、自分を含めて孫が8人もいるため、孫のズボンの裾直しでこのミシンをよく活用しており、その度に孫の成長を実感してきました。
子供 や孫の成長と同時に長くこのミシンを使ってきたため、愛着を持って使っているそうです。そのため長くこのミシンを使いたいという思い入れがあるそうです。
とくに孫の中でも1番目の孫である僕が高校野球で背番号をもらってくる時に頑張って欲しいと願いを込めて、背番号をユニフォームに縫い付け、孫の活躍を応援していた思い出があったと聞きました。
ミシンを使わなくなった経緯や今の使い道
祖母は今でもこのミシンは利用しています。
家族のズボンの裾直しや、子供のズボンのお尻や膝などが破れた時に別の布を被して縫い付けたりしています。
先月にも、私が2年程着用していたジーンズのお尻の部分が裂けてしまい、祖母に頼み、もう一回履けるように直してもらいました。
このミシンの使い道としましては、何かを作るというより元々家族が着ている服をもう一回綺麗に着れるようにするための修復作業として利用することが多いです。