洋裁学校に関する記事一覧

スポンサーリンク
ブラザーミシン

祖母の嫁入り道具ブラザー・ペースセッター701 ZZ2-B701

この記事では「祖母の嫁入り道具ブラザー・ペースセッター701 ZZ2-B701」と題した、ブラザー社の「ペースセッター701 ZZ2-B701」の思い出を学生アンケートから紹介しています。
ブラザーミシン

母のミシンへの2つの思い出とため息:ブラザー ELU5801

この記事では「母のミシンへの2つの思い出とため息」と題した、ブラザー社の「ELU5801」の思い出を学生アンケートから紹介しています。私の成長にともない、母はミシンを使わなくなりました。ミシンを使用して作るものがなくなったのが一番の理由でした。
ミシン関連情報

洋裁学校:1970年代まで流行した裁縫教育組織

洋裁学校とは1970年代まで流行した裁縫教育の組織や機関。厳密には洋裁・ファッション系科目で学校法人認可を経た組織をいい、町中の教室などは学校とは言えませんが、1970年代まではとても流行っていたので習慣的に洋裁学校と言っていました。
洋裁学校の広告

伊東衣服研究所の創立と現在:時期別の広告つき

伊東衣服研究所は、伊東茂平が1946年に設立した洋裁学校です。この記事では、伊東衣服研究所の創立から現在までをまとめています。また、女性雑誌・ファッション雑誌などから時期別に同校の広告も紹介しています。
洋裁学校の広告

上田安子服飾専門学校・上田安子服飾学院:1979年

このページでは「服飾手帖」を参照し、上田安子服飾専門学校・上田安子服飾学院の広告を紹介し、学校・学院の略歴をまとめています。上田安子は1906年に日本の大阪府に生まれたデザイナー。伊藤衣服研究所に進学。1941年に服飾研究所。
洋裁学校の広告

カッティングプレタポルテ・洋裁プロ裁断師短期養成

これは、田部鏡子が1972年に出した広告です。学校名が判断できません。室長(校長)は田部鏡子で、経歴不詳。入会資格に洋裁学校の卒業者や有験者とありますから、カッティング(裁断)に特化したガチ集団だった気がしてきました。
洋裁学校の広告

学校法人桑沢学園:桑沢デザイン研究所・東京造形大学

これは、学校法人桑沢学園の広告です。桑沢デザイン研究所と東京造形大学の2校が募集しています。所在はそれぞれ、桑沢デザイン研究所は東京都渋谷区神南1-4-17、東京造形大学は東京都八王子市八王子町3-2707。
ジャガーミシン

大学時代に洋裁学校で裁縫やミシンを学んだ

大学生になったころ洋裁学校にも通い裁縫や裁断・ミシンの使い方などくわしく学んだ。洋裁学校に入った理由は自分でデザインがしたいし、自分自身に合う大きさの服はあまりなく尚且つ服は当時高価だったため自身で作ろうと考えたからだそうだ。
いろんなミシン

ドレスメーカー女学院を出て洋装店で3年間ほど就職

ドレスメーカー女学院に行った後に洋装店で3年間ほど働きました。結婚して自分で洋装教室を開いてプラスアルファの技術を本などを読んだり、お友達のミシンが得意な人たちと一緒に協力したりしながら技術を向上させました。リッカー「TA-1」は嫁入り道具です。
スポンサーリンク