ミシンのエピソード「足踏ミシンが主流のなかブラザーの電動式リゼレを購入」をご紹介しています。
ミシンのメーカーと機種はブラザー社のリゼレ。ミシンの所有者は母で、ミシンを買った時期は1970年頃です。
ミシンの用途
僕が一番記憶にあるのは制服のズボンの裾を縫ってもらったことです。
カバンのほつれた部分を直してもらったり枕カバーを作ってもらったりしたと思います。
小さい頃はお祭りで浴衣を着ていたのですが僕のモノと姉のモノをそのミシンで作ってもらいました。僕だけでなく、家族の制服の直しなどをたくさんしていました。
すべて家族の為のものだったので無償労働にあたります。
また、僕や姉が家庭科の授業での宿題を家で行う際に母に同じミシンを使って教えてもらいました。
ミシンを習った場所
私の母は通学などはせず、おばあちゃんに教わったそうです。
おばあちゃんは縫い物を作ることがとても大好きだったそうで、服やカバンなども作れたみたいで、学校に通わなくても十分な教育を受けれたと話していました。
おばあちゃんが近くにいない時は説明書を必死に読んだり教えてもらったことをメモしていたものを何度も読み返してミシンを使っていたそうです。
また、母には姉がいており、姉妹2人で一緒に練習を繰り返しミシンの使い方をマスターしたそうです。
足踏ミシンが主流のなかブラザーの電動式リゼレを購入
当時は足踏式ミシンが主流でしたが、母が購入したミシンはボタンで動く電動式で当時はとても新しいものだったと話していました。
今では当たり前のことですが、当時では最新のモデルだったみたいでとても使いやすくモノを作ることがとても楽しかったと言っていました。
母に聞いたところ、ミシンを購入しおばあちゃんに教えてもらい、たくさんのモノを作れたことでモノを作ることが好きになったと言っていました。
自分だけで使っていたモノではないからこそ今でも家に置いてあるんだなと思います。
ミシンを使わなくなった経緯や今の使い道
ミシンは壊れてしまい、使うことができなくなってしまいました。
修理に出すか悩んでいましたが、部品がとても古くて新しいミシンを買う方が安いので今では、使うことはできませんが家に置いてあります。
しかし、最近動かなくなってしまったので1年前ぐらいは使っていたと思います。
使い道としては、制服のズボンの裾を塗ってもらったりしていました。
また、社会人になった姉がスカートの丈などを直す際に使っていました。
僕が中学校の頃は家庭科の授業でミシンを使わないといけなかったので家のミシンで母に教えてもらったりしました。